2011年3月11日(金)
今日は、週1度の弊社横浜営業所を訪問する日。朝から事務所に行き、終日滞在予定です。 楽しみ?の昼飯も終わり、いつもと同じように1日が過ぎようとしています。
FW君が営業企画部へ、SK女子も郵便物の受け取りのため1階へ、いつもと変わらない光景です。小生とHE先輩が机を挟んで話をしている時、午後2時46分。
HE先輩が「あっ、揺れてるネ・・・」体調の関係で、時々体の揺れを感じる小生は、世間が揺れているとは思わず、「えっ?」・・・しかし・・・事務所が揺れている。
しかも段々大きくなっている。HE先輩は動揺することなく落ち着いています。通常ですと、これで終了となるので、小生もさほど慌てません・・・
しかし、しかし・・・更に横揺れは大きくなり、終わる様子がありません。HE先輩も立ち上がり、「冗談じゃ・・なさそう・・」と狼狽されています。信じられないことに、揺れは更に大きく・・・
そこへFW君が「何やってんですか!早く逃げてください!!」と退避命令です。しかし、その瞬間でもHE先輩は、パソコンで震源地を調べたらしく「震源は東北沖だ!」と言いながらの退避行動です。
揺れは一向に収まる気配がなく、HE先輩・FW君・小生で、階段を駆け下り、ビルの外へ。ビル内すべての人がすでに外に出ています。SK女子も1階から即避難されたようで、弊社横浜営業所全員(4名)寄り添います。
揺れは収まりつつあるも、まだかなりの振動です・・・やっと、終わりました・・・HE先輩曰く「外に避難したのは、ここだけだネ。他は誰も外に出てないヨ。」
そうなんです。普通の感覚ですと、ビル内に留まった方が安全です。が、この関東本部事務所、以前の親会社の営業店を改装して事務所に使っているもの。かなり古いビルです。そのことを、この関東本部の皆さんは良く知っています。
『潰れる!』と誰もが思ったに違いありません。小生も同じく、『大破するな・・・』と考えました。“動物的勘”とか“本能”とは、このことなのでしょう。しかし、ビルは何とか保ったようです。
自分の身の安全を一応確保したので、皆、いっせいに携帯で連絡している様子。家族の心配をしています。ただ、全く通じないようで、困惑されています。
小生はというと、家族が関東圏にはいないので、そんな心配はありません。(えっ?関東圏だけじゃない?・・・ムムム)
しばらくして誰かが「もうイイじゃないの。こんな所にいても仕方ないヨ。」と中に戻っていきます。たぶんその方はHE先輩であったような・・・。それを機に、皆、恐る恐るぞろぞろと戻っていきます。
しばらくすると、再び強い揺れが襲ってきました。「全員、外へ退避!」今度は関東本部内から指示が飛びます。先ほどと同じく、一目散に外へ逃げ出します。
『今度こそ、このビルはアウトだ!』・・・さっき学習できたので、今度は相当早く退避完了です・・・
でもビルは崩壊していない・・・古い建物は案外構造的に堅固なのか?・・・が、致命的な基礎部分の損傷は見えないですからネ・・・時を経て再び中へ。
関東本部のTVでは、お台場の火事を伝えています。東京の方が強い揺れがきたようです。こんな小生ですが、少し東京営業部が心配になってきました。
そこへOZ君から電話です。固定電話は通じているようです。さすが敏腕部長、行動が素早い。「東京は、事務所内にいる人は全員無事。外出のOS女子の無事は確認しました。ただ休みのYG君だけ連絡がとれていない状況です。マニュアル通り、そちら横浜のメンバーの安否確認をお願いします。」
マニュアル?・・・さすがOZ君、地震マニュアルを熟知しているようです。そういえば、横浜営業所のEDさんだけ未確認です。今日は新潟長岡の予定です。
固定電話から携帯にかけたのですが・・・不通です。今のところ携帯のメールは通じているようです。じゃメール・・・?会社の携帯電話にメール機能はない・・・
仕方なくSMSでショートメールです。・・・送信できたようです。そして6分後に「長岡の店で無事です。」との返答メール。これで全員確認です。ひと安心・・・
余震が断続的に続いています。慣れというものは恐ろしいもので、少々の震度では動じなくなりました。
・・・
関東本部のTVで津波の様子が映し出されています。「あ~・・・」絶望的光景です。見るのも辛くなります・・・
事務所に戻ってきて、ハタと気がつきました。『ああ、小生の年老いた母も心配しているに違いない。携帯も通じていないし・・・』固定電話で実家に連絡です。「ああ、俺、おれ(※詐欺ではありません)、今横浜で無事だから。心配いらない。」
母が言うには「こちらも結構大きな揺れだった。あっ、今も揺れている・・・」年老いた母ひとり、きっと心細いに違いない・・・親不孝を心で詫びて「じゃあ、また電話する」と受話器を置きます。
しばらくして、親会社(関東本部)から『帰宅できる人は帰って下さい』との指示が・・・
SK女子の帰り路の確認検索が続いています。どうやら横浜市営バスは運行しているようです。決心がついたようで、彼女は立ち上がり、「それではお先に失礼します。」「気をつけて」の3重奏です(※HE先輩、FW君、小生)。
晴海の東京営業部に連絡してみます。「こちらは帰宅指示が出たけど、そちらも・・・」敏腕部長曰く「こちらは、ビル管理会社の指示に従います。今のところ、ビル内退避です。」枝野なる内閣官房長官が「帰宅しないで、会社内に留まってほしい」との記者会見があったようで、どこもそのようにしているようです。しかし、この横浜事務所は・・・??
ちょっと心配です。強い余震で留めを刺されるかもしれません。帰宅が一番です。しかし、帰った人は近所にお住いの一部で、ほとんどが事務所に残っていらっしゃいます。何せ、関東圏のJRはもちろん私鉄、地下鉄がすべて止まっていますからネ、仕方ありません。
「ホテル、予約した方がイイですヨ。」FW君が小生に呟きます。「えっ、大丈夫だヨ。そのうちJRが動き出すから。」しかし、念のため「楽天トラベル」で空室検索です。・・・『大丈夫だ、たくさん空いている。いざとなったら予約を入れるか・・・』
そんなこんなで時が過ぎ、終業時刻の18:30になりました。どうやら、親会社の方々は覚悟を決めたらしく帰る人と留まる人に分かれました。大部分が帰宅する様子。
FW君も「じゃあ、私、歩いて帰ります。さっき検索したら2時間ちょっとで帰宅できるので・・・」「あっ、お疲れ様・・・」彼は家路につきました。
「HEさん、どうします?たぶん8時(20時)にはJR開通しますヨ。飯でも食っていきますか?」「そうしましょう。慌てても仕方ないし」 と、二人で隣の「とりあえず」という居酒屋で、ビール片手に待つことにします。もちろん飲めないHE先輩は、薄いウーロンハイで。
色々つまみを注文して、バクバクと食欲旺盛です。さすが、こんな時ですから、ビールは3杯に留めました・・・??
個人携帯の検索で、運行状況を調べます。すると、JRは「見合わせています。」という表現から「今日は見合わせます」に変更されています。 「あれ?HEさん、どうやら今日JRは動きませんヨ。」「え~!じゃあ、駅で確認して、ダメなら横浜駅まで歩きましょう!」
望むところです。この日のために日々の徘徊で訓練してきたようなものです。それも師匠はHE先輩です。しかし、横浜駅は小生の自宅とは反対方向。少し考慮です。『まあ、ホテルとか多いし何とかなるワ。』軽率な決断です。
駅員さんに確認したところ、やはり今日は動かないようです。『枝野の野郎!余計なこと言うから、こんなことになってしまったんだ・・・』もはや民主党なんかクソ喰らえ!です。
二人歩き始めます。幹線道路に沿ってしばらく進むと、奇跡的にタクシーが止まっています。早速乗り込んで「横浜駅まで。」「渋滞してますから、かなりかかりますヨ。」「イイですヨ。」一歩も進まないような渋滞です・・・
そのうち、『あっ、そうだ。今のうちにホテルを予約しヨ。』検索開始です・・・しかし『この周辺で空き室なし。条件を変えて再度の検索を』ばかりです。『ムムム・・・』
が、なんかの拍子にヒットです。「鶴見駅前東横イン、シングル禁煙」「同じく喫煙」・・・きっと予約キャンセルになったもの・・・ 「あっ、空き部屋ありました。」「どこ?」「鶴見駅前です。」「じゃあ、私ここで降りて歩きますから、〇〇(小生)さんはそちらに行って下さい。」とのこと。
かなり前進していましたので、横浜駅はもう目の前。それにHE先輩、途中ご息女からの電話で、車で迎えに来ているので、横浜駅近辺で拾ってもらう段取りをつけています。
急いで予約手続きにはいります。HE先輩はタクシーを降りて歩き始めています。タクシーは道を変え反対方向に向きを変える準備です。 手続き終了、送信です。「空き室なし・・・」とのつれない返答。手続きの操作中に取られてしまったようです。
携帯では無理・・・ということは鶴見に行っても・・・?やはり横浜でねぐらを探そう!と運転手さんに再びの横浜駅を依頼。「ではサウナにお連れしましょうか」との親切なお申し出。
サウナがあるというビルの前でタクシーを降り、早速探します。しかし・・・冷静に考えれば、サウナなんか営業しているわけありません。あの地震でボイラーも止まり営業中止に違いない・・・予想通りというか、ビルそのものが閉鎖されています。困った・・・
とりあえず横浜駅へ。・・・そこには絶望的な人の数。暖かい場所を確保し座り込んでいる人、まだまだ見つからないでウロウロしている人、風が吹き荒ぶ場所にブルーシートを敷いて「さあここへどうぞ!」と叫んでいる駅員、「退避場所を横浜パシフィコに用意してあります。そちらに行って下さい。」と人々を誘導しているボランティアスタッフの方々、騒然としています。そこを縫うように抜け、駅の西口へ。ホテルを探します。
まず、会員である「横浜エクセル東急」から。・・・ロビーに人が溢れています。避難所として開放しているようです。「空き部屋は?・・」フロントスタッフ、無言で首を横に振ります。「ほかのホテルも・・・?」「ああ、同じでしょうネ・・・」この駅前の状況を見て判断してヨ、との表情。『ムムム・・・本当に困った。』帰宅困難者のことは聞いてはいましたが、まさか自分がその立場になろうとは・・・
しばしの脳内活動の結果、『ここにいてもしかたがない。動き出そう。』
ということで、国道15号線を東京方向に。途中ホテルが空いていたらとの淡い期待を胸に歩き始めます。
現在時刻は20:30。東京日本橋まで40㎞。そこから自宅までさらに10㎞。いつもの歩速なら8時間余り。最悪歩き通そう、と覚悟を決めて行軍です。
15号線の歩道に人が溢れています。主に東京方面から来ている人々。その割合は8割。2割が東京を目指しています。丁度ラッシュ時の東海道線乗客の割合と同じです。自動車は上下線とも一歩も動かない渋滞です。自転車もなかなか前に進めません・・・
そこにメールが入りました。妹からです。『母から聞いたが、横浜から帰れたか?』との問い合わせ。『帰宅困難者なり。只今横浜駅から東京に向け徒歩で移動中。』と返事を返して(※結局このメールは真夜中に着信したとのこと)、足早に歩きます。
前の人々をどんどん抜いていきます・・・鶴見到着が22:00。結構早いペースです。ホテルは空いていそうにありません・・・川崎まで行けば、何とか・・・更に前進です。
『ああ、ここが箱根駅伝の最終区間の始まり“鶴見中継所”か・・・』ということは、東京日本橋まで行けば、箱根駅伝の第10区より長い距離です。ふーっ、とため息をつき、希望の地、川崎を目指します。
すると、実家の年老いた母から電話です。「横浜から東京に歩いている。」との情報も、母にとって距離感がつかめないようで「大丈夫?気を付けてネ」と励ましのお言葉。が、バッテリー切れでシャットダウンです・・・でも・・・よーし、頑張ろう!いよいよ箱根駅伝です。
川崎到着が23:30。ホテルを探すため、コースを外れます。3~4軒回りましたが、どこも『アウト!!』・・やはりロビーが避難所になっています。
他にもいろいろな所が待避所避難所になっています。町の公民館、病院の待合室、ファミレスの待合スペース等もちろん、コンビニはセーフティステーションと称しているだけあって、オープン解放です。しかし、トイレとしての利用が圧倒的で、人数が多いので用足しもかなりの時間を要します。
小生も途中、用足しのため3度ほど寄らせて頂きました。『やっぱ。こんな時は、ビールなんか飲むもんじゃないナ・・』後悔先に立たず、です。しかし、こういう場合のコンビニトイレについては、あるコツがあります。『幹線道路沿いの店舗を避け、少し奥まった所に行くべし』です。たいてい空いてて待つことがありません。ご参考まで・・・
このように、いつもはクールな人間関係でしかない東京・横浜が、俄然ホットな街に変身しています。助け合いがそこここで起こっています。日本人もまだ見捨てたものじゃないナ。
もっとも、この機会を利用して、一人歩きの若い女性に親しげに声をかけ、ナンパしている呆れた輩も出現していますが・・・
そして感心したのが、沿線の靴屋・雑貨屋です。トレッキングシューズを店頭に並べ、夜中というのに、かなりの人だかりを作っています。『商売とは、こういうことネ・・・』
しかし、ねぐらが見つからない・・・一気に疲れがきました・・・
そこに敏腕部長のOZ君から電話です。「どこにいます?」今までの経緯を説明します。「そうですか、休憩をしながら、あまり無理をしないで下さい。」でも、もう無理をしてる・・OZ君たちは、一部は帰宅したが、帰れない女子がいるので、みんなで事務所にいて早朝交通機関が復帰したら、帰宅する予定とのこと。『晴海に行こうか?』とも考えましたが、OZ君がいるので安心して、小生はあくまで自宅を目指すことを決心。※ここで東京までの完全走破を決断!
すぐに、東京と神奈川を分ける六郷橋にさしかかっています。『やっと東京か・・・』時間は午前0時を過ぎています。寒い夜風に吹かれながら、六郷橋通過です。
たぶん、小生が川崎で宿探しをしている間に追い抜いていった人々を、再び追い越しにかかります・・・
しかしスピードが出ません。無理です。歩速は半分以下に低下です。箱根駅伝なら完全なブレーキです。仕方なく、その集団にとぼとぼついていくことに・・・
すると、集団がばらけました。「お疲れ様!」「お疲れ様!」と口ぐちに別れていきます。こんな東京の西の端の人々だったんですネ。小生は、真逆の東の端なのよ。気力が萎えてきます。
何か目標を、ということで『そうだ、OZ君が言っていたように、休憩を取ろう!』そのためのファミレスを探します・・・でも、どこも満席です。朝まで粘る勢いです。
・・・歩こう・・・大田区を縦断中ですが、これがまた長い。なかなか品川区に辿りつきません。『大田という名には、ほとほと困らされるな・・・?』チクショー!こうなったら家まで絶対行きつくぞ!!空元気です。足はますます重くなり、足の裏の水膨れも全て破れてしまっているようです。
無理をしない歩き方・・・これです。それには、同じペースの人の後ろについて歩くこと。
そうです。マラソンと同じなのです。このコツをつかみ、ようやく大森海岸を抜け、品川区に入ります。時刻は午前2時。
あと少しあと少し・・・大井競馬場の案内があります。『本社MK君はどうしてるのかな?』変な思考回路になっています。
脳内活動停止状態で更に1時間経過。知らぬ間に品川駅通過です。更にスピードが落ちていきます。でも腹が空いてきました。何か食っていこうか・・・吉野家があります。・・・「材料がなくなったので営業を停止します。」との張り紙。24時間営業でしょう?では、コンビニでパンかおにぎりでも・・・棚には何もありません・・・というように東京都区内には食べ物はすでに存在していない様子・・・
この時初めて後悔の念が・・・しまった、事務所待機がベストだったか・・・枝野さんの言う通りだった・・・
後日談ですが、その頃横浜の事務所には東京営業部のOS女子が退避していたとのこと。
新横浜での仕事中に震災に遭ったものの、そのまま仕事を続け、同行の人達さと別れた後、OS女子は即決断です。『一番近い横浜事務所に行こう!』最善の策です。
ただ、誰が残っているのか心配。『鍵が閉まっていたらどうしよう・・・』歩きながらの心配事・・・
が、しばらく行くと、聞き覚えのある声が・・・困っているお婆さんに親切に道案内している人が・・・FW君です。『・・・』偶然というより奇跡です。この広い横浜の地で出会う確率は限りなく0に近いもの。それが・・・奇跡というほかないです。
「何でここにいるの?」お互い同じ挨拶からです。事情を説明し合って、FW君から鍵を預かります・・・こうして無事横浜事務所へ。関東本部内にはかなりの人が残ってらっしゃって、それも安心材料となりました。
しかし、小生の方はそれどころではありません。スローペースでも歩き続けるしかありません・・・三田を過ぎます。『確かこの近くに、世界の山ちゃんがあったはず・・・』欠食児童が行きます。
フラフラと・・・大門到着です。午前4時になっています・・まだ先は長い・・・と絶望的感に打ちひしがれたとき・・・どこかで聞きなれた案内放送の声が・・・
「大変お待たせ致しました。只今都営浅草線到着です。・・・」あっ!地下鉄が動いている。吸い込まれるように地下鉄駅へ降りていきます。駅員さんに「あの、大江戸線はまだ動いてないの?」「いえ、1時間に1本程度ですが、運行しています。」
ああ、神様!助かった!改札を抜けホームへ・・・そこにはいつもとは違う光景が・・・ホームにいる人ほぼ全員座り込んでいます。下に新聞紙等を敷いてですが。全員疲れた表情で無言です。『どこかで見たSF映画のようだナ・・・』
小生は、新聞紙がないので壁にもたれかかります。やっぱ座りたいな・・・そうだ、SK社長が作った方針発表会の書類があるので、それを敷いて座ろうか?・・・いや、止めておこう。SKさんの祟りの方が怖そうです。
20分経過、地下鉄は近づいている様子・・・・やっと到着です。かなり空いています。座席に倒れこむように座ります・・・眠気が急激に小生を襲います。ダメだ!眠ってはいけない。乗り過ごしたら・・・必死の我慢です・・・
門前仲町に到着。ここで東西線に乗り換えです。ホームには結構な人数が・・・でも、シーンと静まり返っています。
そこに構内放送が鳴り響きます。どうやら、この駅にはハリキリ駅員さんがいるようで場の雰囲気に合わない大きな声です。
地下鉄の進行状況、つまりどの駅まで来ているかの説明です。待っている方としては親切な案内です・・・だんだん近づいてきます。「日本橋の駅に到着しています。」・・・「茅場町の駅に到着致しました。」隣の駅まで来ています。
あと少し・・・そこに耳慣れない警戒音が鳴り響きます。「只今、緊急地震速報を受信致しました。運転を見合わせます。」やっぱりオチがあったのネ・・・ここから歩くか・・・
改札を抜け出口にさしかかった頃、再びの放送です。「揺れが強くなく、安全が確認されましたので、運転を再開致します。」何だヨ!再び戻ります・・・
ようやく地下鉄が到着です。さすがラッシュで有名な東西線です。かなりの人が乗っています。座れる余地などありません。でも小生、立っていた方がイイ。寝込むことがない。
最終の地に向かって走り始めます・・・キ・キーッ・・急停車です。「只今、緊急地震速報を受信しましたので、安全が確認されるまでしばらく停車致します。」とのこと。
これを3度ほど繰り返しながら、小生のマイタウン「西葛西」に到着。
ここから自宅まで10分ほどの距離。足を引きずるように進みます。夜食?朝食?確保のため、途中ダメ元でコンビニに寄ります・・・何とそこには・・奇跡的に・・弁当が1個残っています・・・賞味期限なんぞクソ喰らえ!即購入です。
神様!本当にありがとう!!感謝です。足取りも何か軽くなったよう・・・自宅のマンション前に到着です。『とうとう帰ってきた!!』小生の部屋は10Fです。エレベーターのボタンを押します・・・・???
エレベーターは動いていません。地震で自動停止したままのようです・・ムムム・・・10階まで階段か・・・
ゆっくり落ちないように上ります。小生の足にとって、これが致命傷となりました。2日間満足に歩けなくなる原因がこの階段上りとなった訳です。
ああ、神様、最後の試練をありがとう!もう神道、やめようかな?・・・ (※こういう時だけ信者になるのはどうかと思うヨ。)
午前5:00、玄関のドアを開けると部屋が散乱しています。揺れの大きさが分かります。幸い軽い箱等が落ちていただけで、後片付けは明日でも可です・・・
雑然とした中でも、きっちり食事です。朝早い晩飯か?・・・そのあとは倒れこむようにベッドへ。「これは悪夢か?祟りか?・・・まあ無事戻ってこられたことを・・・」と思う間もなく爆睡です。グーッ!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
完



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