<2日目-2> 2012年5月11日(金)
歩いて10分、次なる観光スポットに到着です。「打吹公園」です。先ほどの“だんご”の冠名にもなっている所です。が、ここも“地元人の遠足・行楽レベル”の地のようです。
打吹公園(うつぶきこうえん)

鳥取県倉吉市打吹山にある公園。日本さくら名所100選、日本の都市公園100選、森林浴の森100選等に選ばれる山陰を代表する都市公園の一つである。

1904年(明治37年)に皇太子(後の大正天皇)の行啓の際の宿泊地として大山と日本海と倉吉旧市街の眺望を得られる打吹山(標高204m)麓の景勝地を整備し開園した。

面積48.9haに及ぶ園内には博物館、茶屋、池、展望台が点在する。散策路が巡らされ桜4千本、ツツジ4万本が植栽されており、山陰屈指の桜の名所となっている。


※Wikipedia
ただ単なる、どこにでもある公園です。桜の季節以外見るべきものは何もなさそうです。
唯一興味を引かれたのは、展望台がある打吹山山頂への散策路です。が、昨日の鳥取城址散策の疲労を思い出し、潔く断念です。


・・・やはり歳なのですかネ?以前の小生なら、こういう類のコースは、部活ノリで制覇したものです・・・それに、高い所が『ご当地グルメ』の次に大好きな性質なので (※次かいっ!) 後先を考えない行動をしたものですが・・・
疲れない平らな平野部を10分ほどブラブラです・・・すると、「羽衣池」と称する池の畔で面白いものを発見です。


「羽衣池」の由来が書かれてある案内の中にありました。この辺りで語り継がれている「天女伝説」です。
天女の羽衣伝説
昔むかし、舎人(とねり)という狩人が水浴びをしている天女の羽衣を見つけ、その美しい天女を妻にしようと羽衣を隠してしまいました。 天女は、浅津(あそづ)という名前を付けられ泣く泣く舎人の妻となり、やがて月日が流れ二人の可愛い娘『お倉とお吉』ができました。
天女はどうしても天の事が忘れられません。とうとう娘達から羽衣の隠し場所を聞き出し、天女は空高く天へと帰ってしまいました。
残されたお倉とお吉は、くる日もくる日も母を呼び戻そうと近くの山へ登り笛や太鼓を鳴らしましたが、ついに母を呼び戻す事はできませんでした。
この事から、その地名を二人の名前の『倉吉(くらよし)』「太鼓を打つ・笛を吹く」から、近くの山を『打吹山(うつぶきやま)』と呼ぶようになりました。※打吹商事HPより

上:キラキラ自由人
左:チョロQ 右:ふに@ぐみ
悲しい物語ですネ。娘たちの母への思慕の情に胸がつまります。しかし、この天女母さん、あまりにも無責任ではありませんか?・・・というか、冷酷過ぎますよネ。全く愛情が感じられない身勝手な行動です。
昔から、こういった類のクソ女(※おっと、失礼!)はいたんですネ。でも、今では、そんな“天女”だらけの世の中になってしまってはいますが・・・
案内板の前に立ち、オッサンがブツブツ文句を言っている光景は、誰が見ても異様です。早めの退散が必要のようですので、次なる「倉吉観光スポット」に踵を返します。
・・・
そこから下ったすぐの所にその観光地はあります。「打吹玉川」です。『旅B』得意の古い町並みを徘徊です。
打吹玉川(うつぶきたまがわ)
鳥取県倉吉市にある伝統的建造物群保存地区。通称は白壁土蔵群。国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。


打吹山山麓を流れる玉川沿いに位置する。 地区の南方に位置する打吹山には中世に打吹城が築かれ当地区はその城下町として発達した。
打吹城は元和元年(1615年)の一国一城令により廃城となる。寛永9年(1632年)以降、当地は鳥取藩主池田家家老の荒尾氏が治めることとなり、打吹山麓に倉吉陣屋が置かれた(陣屋の跡地は成徳小学校となっている)。

その校舎の壁にも天女伝説が・・・
伝統的建造物群保存地区は陣屋跡の北方に位置し、江戸時代初期から大正時代まで商業都市として栄えた地区で、江戸時代末期から昭和前期までの伝統的建造物は本町通りの石州瓦の町家群や玉川沿いの土蔵群をはじめ約100棟が現存する。


1998年に4.7ヘクタールが重要伝統的建造物群保存地区として選定され、2010年には既選定地区の西に位置する西仲町、西町などの区域4.5ヘクタールが追加選定された。※Wikipedia
小生、正直言って、こういう“伝統的建造物”を見飽きています。しかも、規模的にそんなに広い区域ではありません。20分ほどで観光終了です。
・・・
時刻は只今、午後12時半。さすがにお腹も減ってきていますので (※・・・) 昼飯と致します。
が、用意周到な小生にしては、珍しくまだ“昼飯会場”が決まっていません。『倉吉郷土料理』の情報は確かにつかんでいるのですが、事前調査では、それが食べられるお店を発見できませんでした。「観光案内所」に行って聞いた方が確実と考えたわけです。そこで、早速「観光案内所」に潜入です。
「あの・・・“こも豆腐”が食べられるお店はないですか?」観光ボランティアと思われるオジサンが応対されます。「こも豆腐?・・・」「倉吉の郷土料理と聞いているんですが・・・」「私、ここに数十年住んでいるんですが、そんなモノ、見たことも聞いたこともありませんヨ、なア」と、隣にいる観光案内おネエさんに賛同を求めます。
すると、おネエさんも「私も全くありません・・・」と言いながら、目の前のパソコンで盛んに調べてらっしゃいます。「あっ!ありました!!」とおネエさん。観光案内コンビで画面を覗き込まれています。そして・・・「やっぱり、この辺りでは見たことないナ・・」と二人、まるで親子のように仲良く首をひねります。「ああ、分かりました。諦めます。」と、足早に「観光案内所」を後にします。
それにしても・・“こも豆腐”は何処に行ってしまったのか?・・・これは、多分・・・例の“ぐるたびノータリン・ライター”が、ここでも大きなミスを犯し、何処か全く違う地域の郷土料理を掲出してしまったのではないか?と勘繰ってしまいます。それでなければ、こうまで倉吉人にきっちり否定されるはずがありません。
いずれにせよ、何処にでも、こういった“うすのろバカ”はいるもので、周りに迷惑をかけながら、何喰わぬ顔で生きているものです。えっ?心配いりませんヨ・・・あんたのことを言っているのではありませんから・・・ (※てめエのことだろ!)
そうはいっても、腹が膨れたわけではありません。何処かで昼飯をかっ喰らわなければなりません。 (※お言葉ですが、別に無理しなくてもイイんじゃないですか?考えて見て下さい・・朝から「駅弁」「だんご」「ソフトクリーム」を平らげているんですヨ。十分でしょ・・・いいや、昼飯は昼飯!けじめですから・・・) 仕方なく、その「打吹玉川地区」内で無理矢理見つけることに。 で・・・
手打そば処 打吹庵
2012年5月11日(金) 今日の昼飯 は・・・
倉吉・打吹 「 手打そば処 打吹庵 」
天女そば ¥750

観光地「打吹玉川」の中にある「手打ちそば店」。お店も伝統的建造物の「赤瓦八号館:倉吉ふるさと物産館」の2階にある、典型的な観光 客相手の食事施設と言えます。そこに、観光チックな名の“そば”があるということで訪問です。
その名も「天女そば」・・・そうです、伝説の?あの薄情クソ女を堂々と冠している、ムカつくメニューです。

えっ?じゃあ、何故そんなモノを注文したのか?って?・・・仕方ないじゃないですか、『ご当地グルメ』っぽいものが他に見当たらなかっ たものですから・・・
でも、皆さん、ここで教訓です。“情報の喪失は、あたかも暗闇の中を手探りで進むが如し”・・・これは何も『旅B』に限ったことではない ですヨ。仕事においても・・いいや人生においてもです。十分お気をつけ下さい・・・?? (※あんたは、ず~と暗闇の中ですがネ・・・)

出てきた「天女そば」を拝見させて頂いて・・・これの何処が「天女」?・・・赤いエビ?それとも黒い焼海苔?・・・さっぱり分かりませ ん。
かといって、お店の方に聞くのもネ・・・どうせ何も根拠なんかありゃしません。ただ「伝説」にあやかって名付けただけのような気がしま す。
それでは、お味の方は?・・・確かに“手打ち”の味わいは出ています。が、かけ汁がかなり醤油辛くダシの旨みを全く感じません。観光地 にありがちな“不味いモノ”では決してありませんが、取り立てて評価するところもありません。期待通り?のモノ、と言えますネ。
・・・
この後、「倉吉」最後の観光となる、「打吹玉川地区」にあるお寺「大岳院」を訪問です。でも、お参りするわけではありませんヨ。小生の興 味を少しだけ引くモノがあるからです。
大岳院(だいがくいん)

鳥取県倉吉市にある曹洞宗の仏教寺院。江戸時代初期にこの地で没した里見忠義と8人の家臣(八賢士)の墓がある。

慶長19年(1614年)、安房国館山藩主・里見忠義は大久保長安事件に連座し、倉吉藩に移封された。実質的には流罪ともいわれ、忠義は打吹城に入ることはなく大岳院門前の神坂村に居住した。
忠義はそののち堀村(現・関金町)に移り、元和8年(1622年)に没した。忠義の葬儀ののち、8人の近臣が殉死した。
大岳院の過去帳には8人の殉死者の戒名が記されているが、主君の戒名にも含まれる「心」と「賢」の字が共通して入っており、とくに「賢」の字に着目して「八賢士」と呼ばれている。このことから曲亭馬琴の読本『南総里見八犬伝』の「八犬士」のモデルではないかという解釈がある。※Wikipedia
『南総里見八犬伝』は、江戸時代後期の戯作※で、歌舞伎や演劇、映画、テレビドラマにもなっている有名な物語です。
※通俗小説類の総称

飛び散った「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の数珠とそれを持つ八犬士の結集が前半の構成を成し、後半は、その八犬士による“悪者退治”の過程が物語の中心となっています。
が、こういったストーリー展開・・・現在のアニメやSF映画にも大きな影響を与えていると思いませんか?・・・古くて新しい物語、そのモデルにもなった八賢士たちのお墓を参詣です。といっても、お参りしたわけではありません。あくまでも見学レベルです・・・
・・・
再び路線バスで「倉吉駅」に戻り、特急「スーパーおき号」で30分程更に西へ鳥取県を横断です。

-JR西日本キハ187系気動車
今日の宿泊地「米子」到着が午後2時40分。チェックインにはまだ少し時間がありますので、「観光案内所」で資料を集め、「駅の売店」で明日の朝食を購入です。
ホテル(米子ワシントンプラザH¥5,900)に荷物を降ろし、軽装でいよいよ今日最後の観光に出発です。「米子城址とその麓に広がる城下町の町歩き」です。
しかし、天候の方が心配です。今日一日、時々小雨が降るはっきりしない曇天続きだったんですが、どうやら風も出てきたようです。
・・・
米子城(よなごじょう)
鳥取県米子市久米町にあった城郭。久米城、湊山城ともいう。江戸時代初期は米子藩(伯耆藩)の藩庁であった。
米子城には、戦国時代の飯山(いいのやま:国道9号線南側)に営まれた砦と、湊山(みなとやま:国道9号北側)を中心に営まれた近世城郭がある。江戸時代初期には伯耆国一国を支配した中村氏による米子藩の藩庁となり、その後鳥取藩の支城となった。
江戸期には湊山に新たに築かれ、山頂の本丸、北側の中腹に二ノ丸、その下に三ノ丸を置き、戦国期に米子城の主郭であった飯山は出丸として利用された。
四重天守(大天守)と四重櫓(小天守)、30棟の櫓と20棟の門が建てられ、城域の周囲に廻した堀には海水をひき入れていた。※Wikipedia
解説にあるように「米子城址」は、歴史的に新しいものと古いものがあるようです。小生は、湊山にある江戸時代に新たに築かれた方を選択です。飯山の砦跡なんか見ても仕方がないですからネ。
しかし、新しい方といっても、今ではほとんど石垣だけになってしまっていて、天守閣もクソもない状況のようですが・・・それと、ここも「鳥取城」と同じく山城です。


湊山の麓「城址入口」に立って、小生、少々後悔です。またしても強勾配の石段と遭遇です。『そりゃそうでしょ。山城なんだから・・・』自分に言い聞かせながら山頂までの道を黙々と登ります。


下山途中の老夫婦の方とすれ違います。小生のあまりにも悲壮な姿が憐れだったんでしょう、声をかけて頂きました。「あともう少し!この角を曲がれば視界が開け、結構イイ景色ですヨ!」「ありがとうございます。」一瞬の笑顔の交差です。


『あと少し、あと少し・・・』自分の体力に鞭打って最後の頑張りです。心臓は張り裂けんばかりに早鐘を打っています。と同時に、「心臓発作お知らせランプ」が黄色から赤色に変わり、警告音をならし始めています。『もう限界・・・』と思った瞬間、山の頂上到着です。

「米子城本丸跡」です。といっても、だだっ広い地面があるだけで、当時の勇壮な面影は皆無です。

しかし・・・曇り空ながら、ここからの眺めは最高です。中海も米子市街も360°の展望です。高いところ大好き人間の小生、大満足の瞬間です。


が・・・西の空がにわかに暗くなり、真っ黒な雨雲がこちらに段々近づいています。風も更に強くなってきています。『これは、早くしないと!』・・・というのは、小生、例によって、ここで三脚使用による記念撮影の予定だからです。
幸いにして、ひとっこ一人いませんし、好きなように撮影することが出来ます。でも、それも雨では不可能です。急いで準備に取りかかります。良い場所を見つけて、2枚撮影完了です。
しかし・・・小生、納得がいきません。ベストポジションに三脚を立て直し、最後の一枚のタイマースタートです。

TAKAPON
電子音が軽やかに響きます。小生も立位置にスタンバイしてシャッターが切れるのを待ちます。ピ・ピ・ピッ・・・すると突然、そこに雨と共に突風が吹きつけます。

よっと
と同時に、三脚の足が地面から離れ、カメラごと宙に舞い、地面に叩きつけられました。電子音も鳴り止みました。「あ、あっ!!」思わず駆け寄り、カメラを抱き上げる小生。
しかし・・・哀れカメラ君、目を剥いたまま(レンズが収納しない状態のこと)・・・死んでいます。小生の呼びかけにも返事がありません。「カメちゃん(カメラのことです。)!ウ・ウ・ウッ・・・」即死だったのが何より幸いでした。

みなみ
小生と共に、最初の『旅B』から、ず~っと一緒だった戦友の突然の死を前に茫然とする小生・・・『これからの撮影係をどうしよう?今回の旅Bもまだまだ道半ば、折り返し前だ・・・写真のない小生の旅Bは、していないのも同然。でも、修理するには時間がない・・・何とか代わりのカメラを調達するしかない。』
ということで、この後予定の「城下町散策」を完全棄権して、家電量販店でカメラを購入することを決意です。登って来た時の疲労を忘れ、一気に下山です。そして、携帯で近くの家電量販店を検索です。
が、ここは田舎町「米子」です。そういった店は駅前には存在しなく、郊外の町外れにしかありません。そこで最後の手段「ご禁制のタクシー」使用で向かいます。
・・・
最初は、この地域に敬意を表し「デオデオ※」に突撃です。小生の狙いは一つ、壊れたカメラと同じキヤノン製で、出来れば同一もしくは同シリーズのもの。操作方法が変わらなく、マニュアルを熟読しなくても済むからです。
※デオデオは、株式会社エディオンが中国・四国地方及び九州地方に展開する日本の大手家電量販店店舗ブランドの一つ。
夕飯は、刻一刻と迫っております。そんな時間はありません。が、この「デオデオ」には・・・ありません。というか、あまりカメラを売ろうという体制・売場作りではありません。係員を呼ぶまでもなく、すぐお店を後にします。そして、再びタクシーを呼んで(この辺りでは都会のようにタクシーを路上で捕まえるのは不可能なので)次なるお店に向かいます。米子地域にもう一つある「デオデオ」です。
さすが地元中国地方ですネ。同地域に2店舗出店です。東海地方のどこかのスーパーのようです。でも・・先程のお店のこともあるし、果たして小生の望む商品はあるのか?・・・念のためタクシーには待ってもらいます。
・・・やっぱ同じでした。さすがチェーン店です。商品政策は全く変わりがありません。これも、中京地方のどこかのスーパーと同じですネ。えっ?間違った商品政策でどの店も売れない商品を並べているのが同じ?って?・・・とんでもない。同じ商品政策でピシッと貫かれている、という意味・・・ですヨ。これ以上のコメントは差し控えます・・・
これでは埒があきません。仕方がないので、少し遠い所にはありますが、家電量販店のトップ「ヤマダ電機」にタクシーを走らせます。
さすが「ヤマダ電機」です。カメラの品揃えはバッチリ。小生の望んで止まないキヤノンの同シリーズも陳列されています。値段も18,000円。緊急時にはお手頃価格です。
早速係員を呼んで購入動作に移ります。足早にやってきたおネエちゃん係員さん、小生の購入意志を確認して「では、在庫を確認して参りますので、しばらくお待ち下さい。」と嬉しそうな表情でその場を立ち去ります。
しばらくして・・・今度は悲しげな表情で小生に近づき「お客様、大変申し訳ありませんが、今在庫がなくお取り寄せになってしまいますが・・・」「あのネ、小生は旅人なの!取り寄せって、東京からまた来いって言うこと?・・・イイよ、この店頭品で。」「・・・お客様、これは陳列用で売れないんです。この最新シリーズのS100なら、在庫もあります。」と、別の機種を推薦です。
が、値段が・・・47,000円!高過ぎます。それに何故陳列品がダメなのか?それをストレートに質問です。すると「これを販売してしまうと・・・この後売れるかもしれないので・・・」とのお答え。つまり、この商品はあくまでも見本品で、売場からなくなったら販売の可能性がなくなる。だから売れない。ということのようです。

acworks
でも・・・小生、納得がいきません。「でも、陳列品は安くしてでも売るのが原則でしょ。」「いや、当社ではそうではないのです。申し訳ありません。」「あなたじゃ分からないから責任者を呼んできて。」「申し訳ありません・・・」
小生、ここで諦めました。「分かりました。よその店で買うことにします・・・ところで、この近くに量販店はあるの?」随分思い切った競合無視の発言です。ところが、このおネエちゃん、「ハイ、この道路沿いすぐにありますヨ。」と笑顔です。それに返事もしないで、立ち去ります。
幹線道路を歩くこと数分、本当にありましたヨ。「100満ボルト※」という田舎町の大型電気屋さんです。でも・・洗濯機や掃除機を買うのならまだしも、カメラの品揃えに期待が持てそうにありません・・・
やはり思った通りです。カメラの陳列は5機種程度・・・『困った・・・この田舎町では、これ以上は無理のようだ』ここで、小生、大きな決断です。というより、それしか道がない状況に追い込まれただけですが・・・今来たルートを戻り、「ヤマダ電機」で先のおネエちゃん係員を呼んで、彼女の推薦機種を購入です。
彼女の思惑通りに事が進んでいるようで、癪に障りますが致し方ありません。それと・・・後で分かったことなんですが、今回小生が購入したデジカメと同じモノが東京有楽町の「ビックカメラ」で42,000円。売ってくれなかった機種が15,000円・・・田舎は物価が安いというのは幻想です。皆さん、買い物は都会でしましょう!
ホテルに帰って、急ぎカメラをテストして、夕飯徘徊に備えます。幸いにして、壊れたモノと同じシリーズの上等進化系機種ですので、すぐに操作を修得です。
・・・
午後7時15分『旅B』Re・スタートです。失われた3時間は取り戻せませんが、新たな気持ちで出発です。で・・・
バール パッセンジャータ
2012年5月11日(金) 今日の夕飯 は・・・
米子 「 Bar passeggiata(バール パッセンジャータ) 」
“とっとりバーガーでワインまで飲んじゃいました!” ¥2,760

毎度お馴染み『ご当地バーガー』の登場です。でも、他地域と違って、この「とっとりバーガー」、鳥取県が本気で取り組んでいるようです。
毎年全国から『ご当地バーガー』を集めた「とっとりバーガーフェスタ」なる大イベントを開催しているとのこと。熱の入れ様がハンパない ようです。
とっとりバーガーフェスタとは、「食のみやこ・鳥取」の実体作りとして2009年度よりスタートした活動である。「鳥取県を全国へ」を合言葉に、官民の連携のもと日本最大規模のご当地バーガーの祭典を企画・実施。
2009年には「鳥取県 食のみやこ大賞」を受賞。 2010年には全国より60店舗を集め、平井伸治鳥取県知事を名誉顧問に迎えた「全国ご当地バーガー連絡協議会」を設立。
県産の食材を活かし、現在の若者にとって需要も多く、日本食となりうるバーガーにアレンジすることで、地産素材の価値の見直しとともに地域への浸透を図り、ご当地グルメとして県外発信することで「鳥取県」の名を全国にPRすることが狙い。※Wikipedia
・・・
2009年11月7・8日に大山桝水で開催され、県内外から約2万人が訪れた「とっとりバーガーフェスタ」。「とっとりバーガー」とは、その「とっとりバーガーフェスタ」で出店されたご当地バーガーの総称です。※とっとりバーガーフェスタHP
・・・
全国各地で人気の「ご当地バーガー」ですが、鳥取にも地元の食材を生かした個性豊かなバーガーがたくさんあります。
例えば…、具材にベニズワイガニ、マグロ、鳥取和牛、もさえびなど鳥取の特産品を使用し、こだわりのバンズで挟んだ、ひとくちで鳥取が味わえる逸品。
16種類ある中から、あなたのお好みの「とっとりバーガー」を食べ比べてみてはいかが? ※鳥取県文化観光局観光政策課
鳥取県の一生懸命さは分かります。ですが・・・そのご本家の肝心要の「とっとりバーガー」に大きな問題がありますネ。
その欠陥とは・・
① 鳥取県の広い地域で食べられる(県全域展開)というのは、『ご当地バーガー』というには余りにも広範囲で地域の焦点がボケている。
② 肉でも魚でも何でもありの『ご当地バーガー』というのは、その特徴の視点がボケていて、他のモノとの差別化ができない。
・・・これではネ・・・??やはり全国の『ご当地バーガー』、絶滅の危機に立っているのは間違いないようです。アーメン・・・ (但し、佐世保バーガー、ヨコスカネイビーバーガーを除く)
ですから、この「とっとりバーガー」、その評価は、扱っているお店によって大きく変わってくるものと思われます。小生の店選択は、そのことも加味した上のものです。
この「Bar passeggiata(バール パッセンジャータ)」という長ったらしい名前のお店は、この田舎町には不釣り合いな人気イタリアンバー。ご主人が東京で修行されたとのことで、味についても折り紙つきです。早速「とっとりバーガー」を発注します。

やはり思った通り、ここの「とっとりバーガー」は中々の出来です。特に、パテは小生の“バーガー食歴”でもトップクラスの美味しさです。妻木(むき)黒毛和牛A-4※使用は伊達ではありませんネ。
※牛肉の格付けは「歩留等級」と「肉質等級」で表示が決まります。
「歩留等級」は、ロース芯の面積、ばらの厚さ、皮下脂肪の厚さ及び半丸枝肉重量の4項目の数値を計算し決定します。歩留等級の区別は、「A」「B」「C」の3等級に決定されます。
「肉質等級」は、脂肪交雑・肉の色沢・肉の締まり及びきめ・脂肪の色沢と質の4項目で決定されます。区分は、5等級から1等級に格付けされます。

ところで・・妻木黒毛和牛って何?・・・多分、地元人自慢の地域ブランド牛、言い換えれば 育った地域の名前を付けただけの単なる和牛に違いないとは思いますが・・・でも、パテにすると?美味いですヨ。それでイイんです。何かのお役に立てれば全て良しです。 (※今のところ、あんたは何の値打ちもないですヨ・・・)

バンズもソースもレベル以上の美味しさです。それに・・・今回は赤ワインとともに頂いています。そのワインが味わい豊かでいて、しかも爽やか。バーガーとの相性抜群です。他地域の“大きいだけ自慢”の『ご当地グルメ』と違って、大きさも小ぶりで品があります。小生にピッタリの逸品ですネ。 (※あんたにピッタリ?・・・)
※閉店
・・・
『ご当地グルメ』2日目の探訪も終了の時間が近づいています。でも、今日は『旅B』史上最大のピンチを迎え、それでも何とか無事1日を終えようとしています。天に感謝です。
ここからは、天の神様にそんな自分の素直な気持ちを伝えるべく、“清めの酒盛り”と致します。赤ワインの追加とお供えモノ(プリプリ海老とアボカドのサラダ¥550)を発注です。

「プリプリ海老とアボガドのサラダ」
『神様、今日はいろいろありがとう。そんなあなたの苛めに屈することなく、ここまでやってこられたのも、憎々しげなあなたがいてくれたおかげです。
これからも決して参拝なんぞするつもりはありませんので、よろしくネ・・・ベーッ!だっ!!』
<今日の歩数>26,285歩
<’12旅B春篇 Vol.4>終了



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