<日本橋>

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2012年4月11日(水) 今日は、午前中茅場町にある協力会社さんと打合せでしたので、晴海事務所に戻る前に、日本橋でランチと致します。

協力会社さんから歩いて15分、お店の前に到着です。雨模様ということなのでしょか、不思議にも長蛇の列はなく10名程度が並んでいるだけです。

というのも、小生、実はここに来るのが今回で2度目。先回は、営業開始の午前11時に到着したのですが、その時は、お店の周りを十重二重とお客が取り囲み、1時間ほどの待ち時間が予想されたので、潔く断念しました。

今日はラッキー!です。お店の営業開始まであと30分、これなら最初のご案内で入店できそうです 。

金子半之助

2012年4月11日(水) 今日の昼飯 は・・・

日本橋 「 金子半之助 」 

江戸前天丼  ¥880 + 味噌椀  ¥100 

並んで、ほんの10分でこの有り様です。 凄まじい人気を誇ります。
皆さんも、早めの到着に心がけて下さい。

この「金子半之助」、メニューに“天丼”以外は存在せず、この“江戸前天丼”1本で自信満々に食通の多い「日本橋」で勝負しています。 しかも、その名は全国にとどろいていて(※TVの取材等も影響していると思うが)、活況を呈しています。

新装開店したのが2010年11月15日とのこと。1年半でこの盛況ぶり。一体何者なのでしょう?・・・

調べて分かったことは、この「金子半之助」、湯島にある老舗仕出し弁当屋さん「板前弁当 湯島半之助」の姉妹店なのだそうです。

そして、店主の名前とばかり思っていた「金子半之助」・・・実は日本調理師会の理事長も務めたこともある、和食会の大物だった人物とか。20年ほど前にお亡くなりになったようですが、現在は、その意思を継いだお孫さんが一連のお店の舵取りをされています。

誰よりも和食を愛した金子半之助。その孫が、幼い頃に祖父からもらった閻魔帳(レシピ帳)。その中には門外不出、秘伝の「江戸前の天丼たれ」の作り方があり、この秘伝の丼たれに合うタネ(材料)との試行錯誤を重ね、ようやく一杯の天丼が完成した。

金子半之助がこの世を去って20年。生前、江戸前天丼の復活を願っていた金子半之助の意思を継ぎ、半之助が愛した、ここ江戸日本橋室町で今、粋で豪快な「江戸前天丼」の専門店を開店する。※湯島半之助HP

そんな“本物の江戸前天丼”でも、売りはズバリ“値段と質と豪華さ”です。そこに大人気の所以もあるのですが、どの程度のものなのか、 その登場が待たれます。

こ・これは、豪華絢爛!天ぷらたちが丼を覆い尽くし、しかも、器から大きくはみ出しています。

・・・こういう場合、今までの経験上・・・往々にして天ぷらが必要以上に脂っこかったり、素材がチープだったりするものです。

が・・・ほんのり胡麻油の薫りよろしく非常に上等な天ぷらです。サクッとくる、その歯触りも最高です。半之助さん秘伝のタレも上品な味わいです。

ただ、丼の構造が、やや上げ底になっていて、ご飯の量が若干足りないか?・・・大盛(+¥100)にしておけば良かった!・・・

https://goo.gl/maps/X3qdwgv3uxrKvy8x9

・・・

ちなみに、天丼の元祖は浅草にある「三定」です。お間違いのなきように。(※さすらい地元メシ<浅草>100724参照)

https://goo.gl/maps/vFrDr9c8r58DNTbL9

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