2012年4月7日(土) 東京も、今日“桜満開宣言”です。こんな日には、家で掃除洗濯している場合ではありません。久しぶりの『東京B散歩』に出かけます。

やはり日本人の心動かす何かがあります。
小生も、出かけちゃいま~す!!
今日の徘徊地域は「荒川区」。荒川が流れ込んでいないのに「荒川区」という名がついた不思議な地域です。東京の一大住宅地となっています。
荒川区(あらかわく)
東京都の特別区※のひとつで、北東部に位置する。東西に細長く、北側の区境は隅田川に一致する。区内はほぼ低地で平坦であるが、日暮里地区の一部は山手台地となっている。
江戸時代は農村だったが、明治時代から荒川の水を使うために多くの工場が建設され、工業化が進んだ。
1932年10月1日、東京市域拡張に伴い、北豊島郡南千住町・三河島町・尾久町・日暮里町が合併し、東京市荒川区が発足。区の発足から1945年ごろまで、東京市内で最も人口の多い区であった。1947年5月3日、地方自治法が施行され、荒川区は特別区となった。
現在は下町としての特色を強く残す一方で、工場跡地を活用した大規模な再開発や公園整備が行われている。特に南千住地区の再開発は都内最大級の規模となっている。これに伴い、大規模なマンションの建設ラッシュが続いているため、若いファミリー層を中心とした人口流入が見られる。1990年代まで減少していた区全体の人口も増加に転じた。
荒川区という名は、河川名の「荒川」を由来とする。「荒川放水路」が荒川本流となる前は、現在の隅田川が荒川と呼ばれていた。※Wikipedia
※特別区は、特別地方公共団体の一種で、市に準ずる基礎的地方公共団体。
・・・
地下鉄を乗り継ぎ「町屋」に到着です。そこから、東京を走る唯一の路面電車「都電荒川線」で「宮ノ前」に向かいます。

「町屋駅前駅」から乗車です。

-東京都交通局7000形電車
でも、この「都電」、かなりの混雑ぶりです。そのほとんどが“ジジババ客”。一体どこに行くのやら?・・・ 乗ること10分、「宮ノ前」に到着です。爺さん婆さんを優しく押しのけて?降車です。
電車から降りて、辺りの景色を見た瞬間、小生、“懐かしさ”のあまり、しばしその場に立ちつくします。でも、勘違いしないで下さい。以前にここを訪れたわけではありません。
その町に流れる空気感に強烈なノスタルジーを感じたのです。これは・・・小生の心に残る確かな時代の風景・・・ここ「荒川区」には昔の東京の雰囲気が色濃く残っています。映画『地下鉄に乗って※』の主人公、小沼真次の心境で、今日の昼飯場所を探索です。で・・・
※『地下鉄に乗って』(メトロにのって)は、浅田次郎の長編小説。
あらすじ:主人公の小沼真次は、女性用下着を売り歩くセールスマンだが、真次の父親である小沼佐吉は、世界的に有名な「小沼グループ」の創立者であり、真次はその御曹司であった。真次は父親の母や兄への傲慢な態度に反発し、高校卒業後、家を飛び出していたのだ。
ある夜、永田町駅の地下鉄の階段を上ると、そこには30年前の1964年(昭和39年)の風景が広がっていた。そこで真次は、在りし日の兄を目撃する。
その後真次は、同僚であり、自立した愛人関係でもある軽部みち子と共に、現実と過去を行き来しながら、兄の過去、そして、父の生き方を目撃してゆく。※Wikipedia
どん平
2012年4月7日(土) 今日の昼飯 は・・・
荒川区・宮ノ前 「 どん平 」
トロトロとんかつ:特製とんかつ定食 ¥940

そんなノスタルジックな住宅街にある、ユニークなトンカツ屋がこの「どん平」です。 では、そのユニークさとは?・・・
それは、通常では考えられない“バラ肉”を使ったトンカツ・・・それがお店の名物となっています。
“豚のバラ肉”と言ったら、「角煮」が定番ですネ。ここでは、その“角煮状態のバラ肉”に衣とパン粉をまとわせ、カラリと揚げるのだそうです。しかも、それにデミグラスソースをかけて完成とか。一体どういう味がするものなのか?・・・
まずは、お店HPの紹介コメントから。
昭和30年創業『都電荒川線』沿線にあるとんかつ専門店のどん平です。下町の小さなとんかつ屋ですがちょっと普通じゃないんです。うちの『とんかつ』、都電の車内広告でも話題のニュータッチとんかつは先代が試行錯誤をくりかえし、ユニークな豚バラ肉を使った名物とんかつを作り上げました。※どん平HP
20時間かけて仕込んだ豚ばら肉を(*加工方法はちょっと言えません)日本酒・厳選卵・小麦粉を溶いた衣と、特注のパン粉で包んで揚げています。揚げ油は、特製ラード(とうもろこし油・なたね油・パムオレン)をブレンドした油です。※どん平HP
小生の注文は、もちろんその“トロトロとんかつ”。この店では、“特製とんかつ定食”という名がついています。白飯か麦飯かを選択できま す。
小生は、健康を考えて?麦飯を指名です。ご飯、味噌汁、キャベツはお代わり自由。大喰らいには嬉しいサービスです。『小生も、麦飯のお代わり、しちゃおうかな・・・』
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小生の前に登場した“トンカツ”は、デミグラスソースがかかっているものの、各地の『トンカツ系ご当地グルメ』を食べ歩いている小生に とっては、ごく普通のモノに見えます。
ただ、運んで来てくれた“昔おネエさん”が、立ち去る前に変なことをおっしゃいます。「ソースをかけてからお食べ下さい。」・・・この上に更にソースですか?・・・
撮影のため、デミグラスソースまみれのトンカツを箸で触ってみます・・・柔らかい・・・ 衣は確かにしっかりしているのですが、中の肉が箸で簡単に崩れてしまいます。確かに“角煮状態”です。
昔おネエさんの言いつけに背いて、まず何も加えないで食べてみます。

・・・味がほとんどしません・・・デミグラスの味も極端に薄く、バラ肉も煮込んであるためか、脂どころか肉の旨味まで消し去ってしまっていて、口の中ですぐ溶けてなくなります。衣だけがその存在感を誇示するだけ・・・やっぱ、ソースをたっぷりかけよっと!


するとどうでしょう。ウスターソースに同調するかのように、デミグラスの味わいもバラ肉の旨味も、急に口の中に広がります。な・な・な んと不思議な感覚です。その“ワンダーワールド”を何度も確認しているうちに“トロトロとんかつ”の完食です。
後は麦飯、味噌汁、キャベツが残っているだけです。メインを食べ終わってしまったので、お代わりどころではありません。キャベツに“ソースプラス”のデミグラスをつけ、麦飯・味噌汁を平らげます。
でも・・・何かキツネにつままれたような・・・不可解な感覚のうちに終了です。
・・・
この後、天気も上々ですので、“花見”と参ります。この近くにある「あらかわ遊園」という地元人しか行かないマイナーな遊園地に向かい ます。
荒川区立あらかわ遊園


東京都荒川区にある遊園地。東京23区内唯一の公営遊園地である。
大正11年開園の老舗遊園地。面積約3万m²。荒川区北部の隅田川沿いに所在する。 過去数度の改装を経て現在の構成は1991年以降のもの。低年齢層の子供が楽しく遊べるよう特化しており、アトラクションは定番ものが一通り揃っているが、小学校低学年層に合わせたレベルで激しいものはない。
100円-200円程度という入園料やアトラクション利用料の安さが特徴で、財布を気にせず気軽に利用できる遊園地である。 アトラクション以上に小動物園やピクニック用の広場、遊具施設、水遊び場などが充実しており、園内の装飾やレイアウトも清楚で、全体的 に大型の公園に近い趣きがあり、落ち着いた雰囲気を持つ。※Wikipedia
子供は100円、大人は200円という入園料・利用料なので、気軽に行ける遊園地として、かなりの賑わいを見せています。園内の桜も満開 で気分は爽快というところです。


小生、最初は写真撮影に没頭しておりましたが、来場している子供たちのパパやジジ達と違って、被写体に限りがあります。かといって、何 の血縁関係もない他人様の子供たちを撮りまくっても、おまわりさんに突き出されるのがオチですしネ・・・
『だったら、そろそろ退散とするか?でも・・・折角来たんだしネ・・・』ということで、高所大好き人間(※但し、安全確保が完全な所に限り ますが…)の本領発揮で、観覧車だけは制覇しようと、子供たちに混じって列に並びます。

彼ら彼女たちの不審げな視線にさらされる中、小生、喜んで観覧車にひとりで乗り込みます。『あ~、乗り込んだ時の、この生暖かい空気が何ともイイですネ。・・・』と、訳の分からない気持ちと共に、この短い時間を満喫です。
<観覧車からの風景>


次に、荒川区の隠れた?名所を探訪です。都電「あらかわ遊園前」から「三ノ輪橋」へ。
そこから徒歩で15分、目的地である「泪橋」に到着です。
泪橋(なみだばし)
東京都にあった橋の名称である。荒川区と品川区に一ヶ所ずつの計二ヶ所あった。いずれも近隣の刑場に深い関連があるとされる。
1.荒川区南千住にある小塚原刑場跡の近くの思川(おもいがわ)にかかっていた橋。 現在では思川は全て暗渠化(※地中に埋設された河川や水路のこと)されているため橋の面影はなく、その名前は交差点やバスの停留所に付けられる事で残っている。
2.品川区南大井にある鈴ヶ森刑場跡の近くの立会川にかかっていた橋。 現在では名称が「浜川橋」に変わっている。
江戸時代、小塚原と鈴ヶ森はともに犯罪者の刑場であり、磔火焙り獄門が行われ牢内で斬首された首はここに運ばれて晒された。 小塚原は山谷地区の北端にあり、地区のはずれに泪橋がかかっていた。刑場にいくにはこの橋をわたった。
一方、鈴ヶ森は江戸の北の刑場である小塚原に対しての南の刑場として設置された。鈴ヶ森刑場の周辺は、かつて海岸沿いのさびれた地であった。鈴ヶ森の刑場に向かうには、近くの立会川にかかる泪橋をわたった。
これら泪橋は、罪人にとってはこの世との最後の別れの場であり、家族や身内の者には、処刑される者との今生の悲しい別れの場。お互いがこの橋の上で泪を流したことから、この名が付けられた。※Wikipedia
でも、小生、江戸時代に架かっていた、そんな不吉な橋に興味があるのではありません。
『泪橋』と言えば?・・・そうです!あっ!歌のイントロが聞こえてきました!!
♪サンドバッグに 浮かんで消える 憎いあんちくしょうの 顔をめがけ たたけ!たたけ!たたけ!・・・♪
尾藤イサオの主題歌でお馴染みの、あの人気アニメ『あしたのジョー(TV放映:1970年4月1日~1971年9月29日 毎週水曜19時~19時30分 フジテレビ系列放映』、その中に重要な舞台として登場する橋が、この『泪橋』です。
漫画「あしたのジョー」では、台東区と荒川区の境にある泪橋の下に丹下段平がジムを構えていたという設定。作品では史実と異なり実際 に川が流れその上に橋が架かっている。(ただし、川が思川と明言はされていない)※Wikipedia
そして、劇中において、“丹下拳闘クラブ旗揚げ時に丹下段平が、矢吹丈に聞かせる場面があります。
丹下段平セリフ
「この橋はな― 人呼んで泪橋という。いわく・・・人生に敗れ 生活に疲れ果ててドヤ街に流れてきた人間たちが 涙で渡る悲しい橋だからよ。
三年ほど前のわしもそうだった。おめえもそのひとりだったはずだ・・・
だが 今度はわしとおまえでこの泪橋を逆にわたり 明日の栄光めざして 第一歩を踏み出したいと思う。
分かるか? わしの言うてる意味が・・・ああ? わしの言うてる意味が分かるかよ、ジョー!」


向こう側が「台東区」、こちら側が「荒川区」
つまり、この橋を挟んで、こちら側(荒川区)は、人間的暮しからかけ離れた絶望的な日々を送る人々が巣食う貧民街(スラム街)。片や、 あちら側(台東区)は、明日の希望に溢れ未来を約束された文明人が住まう都会の生活街。そこには、生活レベルだけではない、“人”とし て区分(境界線)が確実に存在している・・・
あちら側からこちら側に転落することはあっても、その逆は、絶対にあり得ないこと。丹下段平は、その不可能なことに、二人で挑戦し成し 遂げよう、と矢吹丈に語りかけている・・・物語のモチベーションを形成する重要な場面です・・・
でも・・・小生、現実的にその現場に立ち、不思議な感情に囚われています。
“台東区と荒川区・・・所詮同じ穴の狢(むじな)・・・ガサツな人間が生活する東京の下町です。そこに上記のようなシチュエーションを 当て込むのは、どだい無理な設定です。やはりこの物語はフィクションで、現実と置き換えてはいけないようです・・・



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