’11チョイ旅B栃木 Vol.1

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先回の『旅B秋篇』で悪化した風邪も、完全に体から抜けた(ような)ので、そのリベンジとばかり『チョイ旅B』に出かけます。

先回『旅B』に続き、今度も北に向かいます。と言っても、東北地方ではなく、その手前の栃木県です。でも、まあ、栃木は“南東北”とも呼ばれていますので、あながち間違っているとは言えませんが・・・(※南東北ではありませんヨ。北関東です。念のため)

狙いは、もちろん今が盛りの“紅葉”。先回の秋田ではお目にかかれませんでしたからネ・・・というのは、真っ赤な嘘。小生の思考回路の中に、そんな風情は存在していません。当然のことながら、「ご当地グルメ」に決まっていますヨ。えっ?バレてる?そりゃそうですネ。皆さんとのお付き合いも長いですからネ。(※かなり押しつけな付き合いですよネ。)

今回の徘徊は、9月の『チョイ旅B』と同じ「栃木県」。あの優しかった栃木市のおばちゃんが思い出されます。でも、そんな“Tender Land”の南の県境側ではなく、「これが栃木だっぺよ!」と言える県の北側から中央を廻ります。「那須塩原→宇都宮→日光」というルートです。

それでは、“先回のリベンジマッチ”の始まりでーす。それにしても、今回は体調がすこぶるイイ!さあ、喰って喰って喰いまくるゾ!! (※先週会社を訪ねてきた保健指導員さんの折角の忠告を無視するつもりネ。呆れます・・・)

<1日目-1> 2011年11月12日(土)

「東京駅」9:16、東北新幹線やまびこ号で出発です。指定席列車内は、1席の余地もなく超満員です。ウィークエンドということで、旅行者が圧倒的に多く、東北の紅葉シーズンや今年6月に世界文化遺産に登録された「平泉」が、彼らの主な狙いのようです。

しかし小生、東北新幹線に乗るといつも思うことがあります・・・それは、“東海道新幹線と違って、この東北新幹線には洗練された雰囲気がない”ということ。まあ早い話、田舎臭さが漂っているということです。

by シマサト

今回は確かに、東京からの旅行客が多いので、そのような空気は薄まってはいますが、車内のそこ此処に確かにそれは存在しています。東北地方の疲弊がそのまま新幹線にのり移っているからなのでしょうか?・・・

いいえ、そうではありません。それは、乗客の層の割合からきていると思われます。すなわち、日本経済の大動脈を貫く東海道新幹線にはビジネス客が多く東北新幹線には少ない。その結果、後者では生活を引きずった一般客が目立つことになる・・・

「東京に出ていってしまった息子・娘を心配して会いに行く親たち」「東京の都会暮らしに疲れ、夢破れて故郷に帰る若者たち」・・・そんな人々の吐息が車内に充満している・・・それが主な原因だと推察いたします。頑張れ東北!復興の日は近い!! (※あんた、日本中を敵にまわすヨ・・・)

・・・

そうこう思考回路を巡らせているうちに、小生の降車地点「那須塩原」に到着です。ここから路線バスで約1時間、山の中に分け入り、終点の「塩原温泉郷」までまいります。

同乗の方々は、ハイキングの服装に身を固めたお年寄りたち。仲良しグループあり、ご主人がリタイアされたご夫婦ありで、明るい会話に満ちています。小生は、バス後方の片隅にひっそりと座り、いつものように存在を消します・・・ (※相変わらず、変なおっさんですネ)

塩原温泉郷(しおばらおんせんきょう)

https://goo.gl/maps/SbUwXPXxWvakedFr6

栃木県那須塩原市(旧国下野国)旧塩原町町内の、箒川沿いの谷間を中心に点在する11の温泉の総称(温泉郷)。

栃木県北部の活火山高原山と、大佐飛山地の山塊との間に挟まれた谷間を流れる箒川(ほうきがわ)沿いの渓流を、東北新幹線那須塩原駅側から国道400号に沿って上ってゆくと、次々に温泉が湧出している。1000年以上の歴史を持つ古い温泉郷である。

古くから塩原十一湯と呼ばれ、この呼称は現在も用いられている。また1918年に田山花袋が出版した『温泉めぐり』において、塩原十一湯を温泉郷と評した。これが複数の温泉の総称として温泉郷という表現を用いた最初の事例であるとされている。※Wikipedia

by 花めこ

毎回申し上げて、皆さん『もう分かったヨ。』とお思いでしょうが、小生の気持ちが許しませんので、今回も申し上げます。『小生、温泉には一切興味がありません。従って、ゆっくりお湯につかる気はサラサラないのです。』でも、ここ「塩原温泉郷」は、温泉好きには堪らないところのようです。

「大網」「福渡(ふくわた)」「塩釜」など塩原渓谷沿いの11の温泉には、それぞれに情緒溢れる温泉旅館があり、更に、温泉郷内には、“あし湯(無料)”や“立ち寄り温泉施設(200円~1000円程度)”も多数存在して、思う存分温泉が満喫できるようになっています。

ですから、ここの客たちは、温泉巡りを効率的に行うため、“裸同然”の格好で闊歩しています・・・ウソですヨ。信じたあなた、日本でそんな不道徳な行為が許されるはずがありませんヨ・・・えっ?分かってる?つまンないヤツはジョークもつまンない?・・・ですか、ムムム。

それと、ここ「塩原温泉郷」は、箒川(ほうきがわ)沿いに歩道が整備されているとのことで、変化に富んだ渓谷と紅葉を眺めながらの絶好のハイキングコースとなっています。“3時間ほどのハイキングを楽しんだ後、最後に温泉につかり疲れを癒やす。”先のバスの乗客の方々も、それが目的なんですネ。

話を元に戻します。「塩原温泉バスターミナル」に到着後、小生、急いで今回1発目の「ご当地グルメ」探訪です。時間はすでに午後12時近く・・・心が焦ります。で・・・

こばや食堂

2011年11月12日(土) 今日の昼飯 は・・・

栃木県・那須塩原 「 こばや食堂 」

スープ入り焼きそば  ¥600

思った通り店頭には行列ができています。覚悟していたとはいえ、少し並ばなければなりません。その待つ時間を利用して、“スープ入り焼きそば”の解説です。

スープ入り焼きそばは、栃木県那須塩原市の塩原温泉郷で提供されているご当地焼きそば。塩釜温泉付近の「釜彦食堂」と古町温泉付近の「こばや食堂」の二店舗で提供されているが、具や麺や味付けに多少の差異があり、それぞれ異なる由来を主張している。

ウスター系のソースで炒めた焼きそばの麺に、キャベツなどの野菜を煮込み鶏がらや醤油などで味付けしたスープをかけた麺料理。見た目はラーメンに類似するが、内容は焼きそばであり、その味付けは焼きそばの風味がするものとなっている。

釜彦食堂のスープ入焼そばは、同店によれば3年の開発期間を経て考案し1955年(昭和30年)頃から提供しているものとされ、「元祖」を主張している。具は野菜と鶏肉で、全体的には香辛料の風味が強いものとなっている。

一方、こばや食堂のスープ入り焼きそばは、かつて存在した「新生食堂」という食堂の裏メニューがルーツとされ、その主人から直接教わったものであると主張している。具にはキャベツと豚肉を用い、ウスターソースの味が強い。※Wikipedia

カウンターとテーブル席を合わせて、25席ほどの小さな店内です。外の行列をさばいているオヤジさん(ご主人と思われる)が、要領よく客を席に着かせていきます。

厨房では、息子たちと思しき若者二人が脇目も振らず懸命に調理をしています。店内の仕切りは女将さんの仕事。無駄のない動きで、客に料理を届けます。観光地らしく、客から「この橋に行くには?」等々の質問にもテキパキと答えて処理していきます・・・

どうやら、この店は常時混雑している繁盛店のようです。でも、よく考えると納得できます。この「ご当地グルメ」、那須塩原温泉郷の2店舗でしか提供されていないのです。この「こばや食堂」と「釜彦食堂」です。観光客も中途半端ではない人数です。混むのは理の当然と言えます。

ようやく小生の料理出荷の番になったようです。ラーメンと見紛うお姿の“スープ入り焼きそば”が湯気をたてて到着です。

スープの中を探ってみると・・・確かに、炒められた、やや縮んだ麺と具材のキャベツと豚肉・・・完全に焼きそばです。そして、それをほぼ水没させている汁は、鳥殻仕様のしょう油仕立て。こちらは完全にラーメンです。

・・・でも、これは確か?・・・常日頃お勉強されている会員さんなら、すでにお気づきのはずです。この“スープ入り焼きそば”、青森県黒石の“つゆ焼きそば”と名こそ違え全く同じものです。(※’10旅B夏篇Vol.1参照)

しかし、これらの2つを関連づける資料は見つかっていません。というより探してもいないでしょう。今のところ、全くの赤の他人同士という見解のようです。

でも、まあ、和食・中華・洋食等々何でもアリの田舎の食堂なら、この組合せは誰しもが考えつくこと。2つの寒冷な僻地に偶然出現したとしても、何も不思議なことではありません。やはり、今日(こんにち)の見解は正しいようです。

では、実際に口の中入れてみることに・・・ウスターソースの味がかなり強いです。これは、間違いなく焼きそば味です。麺もやや硬めで、『わたしゃ、焼きそばでーす。』と訴えかけてきます。

・・・しかし、しばらく食べ進むうちに、そのしっかりした主張がやや希薄に、ファジーになってきました。麺に滲みこませたウスターソースがスープに溶け込んで、ただの中華麺になってしまったのがその原因のようです。

その点では、黒石の「妙光食堂」のものは、最後まで焼きそばとラーメンが平行を保ち続け、実に得も言えぬ“味わい”となっていました。小生、躊躇なく“黒石のつゆ焼きそば”に軍配を上げたいと思います。ハイ。 

https://goo.gl/maps/qWjd5oZLZAKj4TYVA

・・・

さて、お腹もやや満足?したので、ここからは、「塩原温泉郷」を箒川に沿って、美しい紅葉風景を訪ね下っていきます。

では、散策スタートです!
紅の吊り橋
蓬莱橋より
八汐橋より

途中の「畑下温泉」で、小生の幼心に鮮烈なイメージを植え付けた“ある物語”にまつわる建物を発見です。

その物語とは・・・『金色夜叉』、明治の小説家「尾崎紅葉」の未完の作です。その紅葉が『金色夜叉』の物語を紡いだのが、この旅館「清琴楼」です。『紅葉の間』として今でも当時のまま保存されているとのことですが、「清琴楼」の実営業部門は隣の別館に移っているようです。

https://goo.gl/maps/aHAKeCSbsZLSmfH19

では、若い会員さんたちには馴染みがないと思われる『金色夜叉』の物語について解説です。

金色夜叉(こんじきやしゃ)は、尾崎紅葉著の明治時代の代表的な小説。読売新聞に1897年(明治30年)1月1日 – 1902年5月11日まで連載された。作者逝去の為、未完。昭和に入って、度々、映画、ドラマ化されるようになった。 追いかけて許しを乞うお宮を貫一が蹴り飛ばす、熱海での場面が有名である。

<あらすじ> 一高の学生の間貫一(はざま かんいち)の許婚(いいなずけ)であるお宮(鴫沢宮、しぎさわ みや)は、結婚を間近にして、富豪の富山唯継のところへ嫁ぐ。それに激怒した貫一は、熱海で宮を問い詰めるが、宮は本心を明かさない。貫一は宮を蹴り飛ばし、復讐のために、高利貸しになる。一方、お宮も幸せに暮らせずにいた。

未完のまま作者が亡くなったため、作品の全体像が掴めないという難点はあるが、雅俗折衷の文体は当時から華麗なものとして賞賛された。だが、自然主義文学の口語文小説が一般化すると、その美文がかえって古めかしいものと思われ、ストーリーの展開の通俗性が強調され、真剣に検討されることは少なくなった。

1940年頃に企画された中央公論社版の『尾崎紅葉全集』の編集過程で、創作メモが発見され、貫一が高利貸しによって貯めた金を義のために使い切ること、宮が富山に嫁いだのには、意図があってのことだったという構想の一端が明らかにされた。しかし、戦渦の中でこの全集が未完に終わったこともあって、再評価というほどにはならなかった。※Wikipedia

小生、幼い頃に映画やTVで度々見た記憶があります。特に、解説通り「熱海の場面」が強烈な印象です。

♪熱海の海岸散歩する、貫一お宮の二人連れ♪ という歌謡曲とともに貫一のセリフ「ダイヤモンドに目が眩み・・・」とお宮を詰(なじ)る場面とか、「来年の今月今夜、俺の涙で曇らせてみせる・・・」という貫一の無念のシーンとか、幼心に切なく迫ってくる何かを感じていたものです。

その何かとは・・・まあ、今にして思えば、恋愛・結婚に対する“男の純粋さ”、それに対比する“女の冷たい現実主義” のことですが(※ただ物語では、お宮に何か訳があったという設定になっていますが、幼い小生には理解不能です。)、当時はそんなにはっきりしたopinionではなく、ただ何となく薄々と、という程度です。(※ガキの頃なら当たり前だろっ!この精神未熟児が!!)

しかし、皆さん大笑いですネ。この現代においては、そんな男女の考え方は当り前、というか常識レベルです。わざわざ小説にしてその葛藤を描き出すなんて、まさに滑稽です。現代版『金色夜叉』の物語は、そこここに無数に転がっているというのに・・・

そしてもう一つ、『熱海の場面』で小生に最も衝撃を与えたのは、“縋(すが)るお宮を貫一が蹴り飛ばすシーン”です。男が女に暴力をふるう・・・

当時小生は、嫌な奴で (※ご心配なく、今でも十分嫌な男ですヨ。) ちょくちょく妹を苛めていて、両親から「男というものは、いつでも女の子を大事にし守らなければならない。暴力なんてもっての外!」と叱られていたものです。その教えを覆す貫一の大胆な行動・・・

貫一の気持ちも十分理解できるが、それで暴力が許されるのか?・・・幼い小生が、精神的立ち往生に陥ったのも分かるというもの。それが影響してか、今でも“恋愛感情情緒不安定”に悩まされていますが・・・ (※もてない、というだけでしょ!)

少し『金色夜叉』が長くなりましたので、話を「塩原温泉郷」の現実に戻すことに致します。

山百合の吊橋
塩湧橋
七ツ岩吊橋

・・・

結局1時間あまり、この温泉天国の中で服を脱ぐこともなく散策だけに終始し、次なるターゲットに到着です。先ほどの“スープ入り焼きそば”のもう一方の元祖「釜彦食堂」です。十分お腹は余裕がありますので、どんな味がするのか楽しみです。

が、様子が変です。店の前にひと気がありません。噂によると“ちょくちょく不定期に休む”とのことで、今日も臨時休業なのか?・・・

近くに行ってみると、白い大きな看板に“店舗移転のお知らせ”という文字が・・・どうやら“スープ入り焼きそば”で大儲けして、他の場所に真新しい店舗を開いたようです。この近くなら時間があるので大丈夫、と目を凝らして移転場所を見ると・・・小生が1時間前ブラブラ歩きを始めた近くのようです。当然のことながら、はるか遠いところになっています。

移転して、もぬけの殻の「釜彦」
https://goo.gl/maps/vqrKmJnijEZxdTi59

『帰りのバスの時刻もあるし、今からでは無理・・・』と判断し、あっさり諦めます。小生の行った「こばや食堂」と人気を二分しますが、それは圧倒的なものではなく、ほぼ互角ですので、味の方も大きな差はないとみなします。

で、予定より1本早いバスで『温泉天国』から退却です。

「JR西那須野駅」に到着が午後3時前。ここから東北本線で南下して「JR宇都宮駅」に向かいます。

<’11チョイ旅B Vol.1>終了

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