<丸の内>

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福津留(ふくつる)

2011年9月15日(木) 今日の昼飯 は・・・

東京・丸の内 「 福津留(ふくつる) 」 

鶏南蛮焼定食  ¥1,000

この店は、「帝国劇場」につながる国際ビルの地下飲食街にある九州料理メインの定食屋(夜は居酒屋)です。

ここの名物が“鶏南蛮焼”。自称『丸の内名物』だそうな。“南蛮”と言えば・・・そうです。小生が今春旅Bした「宮崎」の“チキン南蛮”が想い出されます。(※’11旅B春篇Vol.1&Vol.3)

しかし、同じ九州料理でも、ここの“南蛮焼”は大きく違っているようです。そんな謎めいた『丸の内名物』を探訪です。

これで“南蛮焼”?それで、どこが焼きなの?・・・それは、アルミホイールに包まれた完全な蒸し料理の様相。ホイールを開けて中を覗くと・・・何やら赤茶色の液体の中に鶏肉と大量の玉ねぎが入っています。それらをレンゲですくい取り、口の中へ・・・

唐辛子多量使いのかなり辛い味付けです。もちろん、辛いモノ大好き人間の小生には、テンションが上がる嬉しい味です。店員さんのご案内では、付いている生卵を入れると、味がマイルドになるとのことですが、小生、絶対にそんな愚かなことは致しません。

これでも左程辛くはないからです。(※弊社SK社長のおっしゃるには、「口の辺りが麻痺しているのネ」だそうです・・・)ですから、折角の生卵は・・・“玉子かけごはん”にいたします。

玉子かけごはんにしてみました
薩摩揚も付いてます。

小生、“辛いモノ”の次に“玉子かけごはん”が好物です。1度の食事で2度も楽しめちゃう贅沢な昼飯となったわけです。

ちなみに、ご飯と生卵は“おかわり無料”とのことです。でも、今回は遠慮しておきます。何せ今日で深酒2連荘、しかも今日も3連荘目がありそうだからです。(※トン死にまた一歩確実に近づいていますネ・・・)

https://goo.gl/maps/t6ZsnmXwqAv5mpX39

・・・

今回は、食後の散歩とシャレてみます。ここ「丸の内」は皇居に近く、久しぶりに『二重橋』に行ってみることに。

二重橋(にじゅうばし) 

https://goo.gl/maps/EBb8wXrw3AEuSkGm9

東京都千代田区千代田の皇居内にある橋。皇居正門から宮殿へ向かう途上、二重橋濠に架かる鉄橋で、本来の名称は正門鉄橋(せいもんてつばし)である。

皇居の入口には皇居前広場側から見て、石で造られた手前の「正門石橋」と、鉄で作られた奥の「正門鉄橋」という2つの橋がある。「二重橋」とは本来は奥の正門鉄橋の呼称である。

正門(江戸城の西の丸大手門)は普段は閉じられており、天皇の即位大礼、天皇、皇后、皇太后の大葬儀など特別な行事のある時や国賓来訪の際以外は使われない。使用される時は皇居前広場〜正門石橋〜正門〜正門鉄橋〜宮殿というルートをたどる。

奥の鉄橋は、江戸城の西丸下乗橋のあった位置で、木造橋時代に橋桁が上下二段に架けられていた。そこから、「二重橋」と呼ばれるようになった。

現在の鉄橋は昭和39年(1964年)に架け替えられたもので、橋桁は二重ではない。手前の石橋は江戸城の西丸大手橋があった位置で、現在の石橋は明治20年(1887年)の建造である。二重アーチ構造であることから、「この石橋が二重橋である」との誤認が多い。

「手前の石橋と奥の鉄橋が同じ濠に2つ重なって架かる橋だから二重橋」というのは正確な解釈ではない。また、手前の石橋を言う場合もあるが前述のとおり誤りである。

正門には皇宮警察の皇宮護衛官の儀仗隊がおり、通常一般人は二重橋を渡ることはできない。ただし、事前に手続きをして皇居の参観をする場合は、鉄橋を渡ることができる。また、新年や天皇誕生日の皇居一般参賀時には正門が開放され許可なく渡ることができる。 ※Wikipedia

隠れて見えにくいが、奥の橋が“二重橋”
馬場先門にある「明治生命館」。戦後しばらく「GHQ(連合国最高司令官総司令部)」の本部であった建物。
また、江戸時代の浮世絵師「安藤(歌川)広重」が、この辺りで 生まれた、と言われている。

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