<1日目-2> 2011年2月25日(金)
小倉駅前に戻り、繁華街の探索です。(※でも、もう何も食べませんヨ。)
ここ小倉は、意外にも“日本最初のもの”が多くあります。その要因は・・小倉人の「せっかちな性格」にあるに違いありません。小生、歩速は東京(※日本一と言われています。)でも速い方です。毎朝の出勤で、小生を抜いていくのは多くて1人くらいなもので、そのスピードは折り紙付きです。
しかし・・・この街では、まるで競争をしているかのように、小倉人が小生をどんどん抜いていきます。慣れない土地という不利があるものの、その速さに呆気にとられます。“KING OF せっかち”の大阪でもそんな感覚はなかったのに・・・
何をこの粗野な街で急ぐ用があるのか?このような所にそんな重要な事柄は存在しない!とは思うのですが・・・とにかく小倉人は皆、セカセカと歩いています。(※ただ、小生と違って信号は守るようです・・?!)その性格が、以下に紹介する“日本で最初”をもたらしたと言えるのです。
では、「小倉の日本初」をご紹介します。
① 魚町銀天街のアーケード


右:「銀天街発祥地」の碑
魚町銀天街(うおまちぎんてんがい)とは、福岡県北九州市小倉北区にある商店街。アーケード商店街の発祥の地であり(1951年設置)、北九 州市の中心的商店街である。
北端は小倉駅に近い。小倉駅から南下するように通りがある。中間地点に幹線道路の交差点があり、信号待ちをすることになる。幹線道路上にも屋根があり、雨にぬれることはない。南端は旦過市場に接続している。
勝山通り沿いの歩道に「銀天街発祥地」の碑があり、下記の説明文が記されている。
「1951年10月ここ魚町に日本ではじめて公道上にかかる全長130mのアーケードが完成。6,000通の公募作のなかから『銀の天井に輝く街』を意味する『銀天街』と命名されました。以降『銀天街』の名称が各地へ広まりました。」※Wikipedia
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② スーパー丸和の24時間営業

右:旦過市場
株式会社丸和(まるわ)は、福岡県を中心とした地域で「丸和」「ラ・パレット」などのスーパーマーケットを営む企業。本社は北九州市小 倉北区。
日本で初めてスーパーマーケットのシステムを導入した企業でもあり、スーパーマーケットとして初の24時間営業を開始するなど、先駆的な取り組みを行ってきた企業でもある。※Wikipedia
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③ 北九州高速鉄道の都市モノレール

1985年1月9日、北九州高速鉄道(北九州モノレール)が開業。いわゆる都市モノレールの第一号。
1967年度に当時の運輸省(現国土交通省)が、「都市交通に適したモノレールの開発研究」を行なった。これは、交通渋滞が悪化してきた環境で、より優れた輸送手段としてのモノレールを研究対象にしたものである。これは、日本モノレール協会に委託された。その研究結果として、懸垂式と一緒にまとめられたものが、日本跨座式である。小倉線 跨座式(日本跨座式) 軌道 8.8km ※Wikipedia
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小倉の“日本初”を堪能?したので、次なるターゲットを目指し、小倉駅からJR鹿児島線で10分あまり、「八幡」に向かいます。

八幡到着が14:26。まだまだ夕食には早いので (※何考えているのか?…)、観光スポット探訪で腹ごなしです。
そこへの路線バスは、土日しか営業してなく、仕方なく『ご禁制のタクシー』で。
「山麓駅まで。」「大体1500円ぐらいだけど」親切に見積りの提示です。「いいですヨ。」
タクシーは颯爽と走り始めます。『しかし、結構近い距離なのに高いナ・・・』でも、料金メーターは正常に作動している様子で、ひと安心です。
しばらく走って、ふと気がつくと、どうやら小倉の方に戻っているようです・・・???
思わず運転手さんに質問です。「あれ?ケーブルカーの駅がこんな所にあるの?」「えーっ!!ケーブルカーの駅!!!さんろく駅ではないの?」「ええ、ケーブルカーの山麓駅です。」「いや~、私てっきり“さんろく駅”だと思って・・」「・・・???(この後、地図等で確認を試みましたが、そんな駅は未だ見つかっていません。)」「すみません。間違えました。」と料金メーターを戻します。この時点で料金は1570円。急旋回でコースを大幅変更です。
お互い無言のままの時間が過ぎます・・・そして遂に目的地到着です。「すみませんでした・・・」その顔を見ると、故意に間違ったわけではないようです。「じゃあ、1500円ネ。」と料金を渡し降車です。
それにしても、八幡駅で客待ちしているタクシーにしては、一番観光客が目指すであろう“山麓駅”を間違えるとは・・・まあ、どこにでもこのようなトンチンカンはいるものです・・・(※あなたの周りにもきっといるはず…)

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帆柱ケーブルカーで「山上駅」へ。そこから帆柱スロープカーで「皿倉山」の山頂へ。

皿倉山(さらくらさん、さらくらやま)は、福岡県北九州市八幡東区にある標高622.2mの山。北九州市を代表する山である。帆柱山、花尾山などと「帆柱連山」と呼ばれる。
山麓より帆柱ケーブル線が1957年に敷設されており、山頂へはケーブルカーおよびスロープカーに乗れば、殆ど自力で登らずに到着することができる。
夜景が有名。北九州市は100億ドルの夜景と銘打っており、その視野角200度に広がる夜景は北九州市街を一望でき、「新日本三大夜景」の一つに選定されている。※Wikipedia
注:「新日本三大夜景」 ①皿倉山から望む、福岡県北九州市の夜景 ②若草山から望む、奈良県奈良市の夜景 ③笛吹川フルーツ公園から望む、山梨県甲府盆地の夜景


もちろん、小生、夜景狙いです。しかし、今日の日没が18:15過ぎ。スロープカーの最終が17:50。どう考えても不可能です。でも、何故そんなに早い営業終了で、夜景を売りにしているのか?・・・
係員の方に尋ねたところ、土日祝は21:20が最終便とのこと。どうやら、ここは「北九州地区のカップルたち」のメッカらしい。ノー天気なよそもの観光客が来る所ではないようです。

仕方ないので、せめて雄大な「昼間の北九州市街」を一望しようと山頂に降り立ったのですが、北九州市街は何やら靄がかかっているようで、輪郭がはっきりしていません。係員の方の説明では、急激な気温上昇が原因だとか。そう言えば、『旅B冬篇』にしては、今日は暖か過ぎるくらい。しょうがないか・・諦めます。

しかし、その夜のニュースで分かったのですが、この靄は、気温上昇のための水蒸気ではなく、中国の大気汚染物質が風向きで九州北部に落ちてきたとのこと・・・
中国及び中国関連事項は、どこまで小生の旅Bの精神的及び物理的障害になるのか?・・・明日からの中国人観光客との遭遇も含め、中国関連との非接触を願うばかりです。
山頂で1時間が経過しました。現在時刻は16:15。靄つきの景色にも飽きたので、展望室で休憩していると、館内案内で盛んに、『スロープカーが到着するのでお帰りの方はお急ぎ下さい』との案内が流れます。
しかし小生、まだ下山するには早すぎるので、しばらくここにいることに。気がつくと、そこには小生ただ一人。レストラン、売店も閉まっています・・・

スロープカーが出発していきます・・・すると、館内案内で何やら係員たちの雑談らしき会話が聞こえてきます。放送のスイッチを切り忘れている様子。面白いので、耳をすましていると・・・
「まだ、ひとりいるようだナ・・・次の便を案内するか・・・じゃ、俺ちょっと見てくるわ。」・・・何だ、早く帰ってほしいのか。そうすれば自分たちも早く帰宅できるのかな?
察しの良い小生は、すぐに立ち上がり階段を下り、乗り場まで。途中、館内放送のおっさんに遭遇。「もう帰りますヨ。皆さん早く帰れるから。」「・・・次は16:30です。すぐ来ますから・・・」「はい、はい」・・・
・・・
山麓駅に下山したのが16:50。さて、ここからは節約の意味でも、再び変な所に連れていかれないようにするためにも、タクシーを避け、路線バスでJR黒崎駅に向かうことに。
チケット売り場の方に、路線バスの停留所の場所を伺って踵を返したところ、小生の後ろに若い男の二人組が続いています。「山頂まで二人。」!!新手のお客です。
残念ですネ、山頂の係員さんたち。早く帰れなくなったネ・・・ザマ~見ろ!ってんだ、こんちくしょうめ!!
黒崎駅前に到着が17:30。夕食には良い時間です。さっそくターゲットに突進です。
いづみ
2011年2月25日(金) 今日の夕飯 は・・・
八幡・黒崎 「 いづみ 」
八幡ぎょうざ:焼ぎょうざ+水ぎょうざ ¥480 + ¥500
まだこの後もあるので (※でも夕食でしょ?…)、ご飯類は避けて、ぎょうざだけ注文です。もちろん、生ビールも忘れません。食べる前に“八幡ぎょうざ”の説明から。

八幡ぎょうざ(やはたぎょうざ)とは、福岡県北九州市八幡東区の餃子である。街に埋もれている素材を発掘し「食」のブランド化を行って おり、現在、様々なPRを行っている。
かつて鉄の都として栄えた旧八幡市の中心地(現在の北九州市八幡東区)では、八幡製鐵所に勤務する労働者の肉体疲労が激しく、ニンニクなどのスタミナ素材を好んで食べていたことから餃子文化が浸透。
特に戦後の物資が乏しく貧しい時代、少ない食材で作ることができる栄養満点の餃子は、労働者の口にあい、よく好まれた。
現在では餃子専門店、ラーメン店など、八幡東区の20店舗以上で「八幡ぎょうざ」が食べられる。種類は鉄なべ餃子やひとくち餃子、にんにく入りスタミナ餃子、スープ餃子など多種多様。
現在、有志が集まり、八幡ぎょうざ協議会(八幡食ブランド実行委員会)を立ち上げている。北九州・八幡ぎょうざのオリジナルMAPを作成するなど、様々なブランド化事業を企画している。※Wikipedia


美味しいですが、かなりにんにくが効いています。さすが肉体労働者の食べ物です。小生のような頭脳労働者?には栄養がありすぎです。ただでさえ会社の健康診断の結果が・・・それに帰りの電車での迷惑も気にかかります。
しかし、これといったインパクトに欠け、“八幡ぎょうざ”ということを知らないで食べた人には“単なる餃子”に違いありません。浜松・宇都宮のようなメジャー化には程遠いか・・・
・・・
小倉駅に帰着したのが18:50。ホテルにチェックインして、しばし休憩の後、今日最後の 徘徊です。あの「無法松」地帯の中心とも言うべき「旦過(たんが)市場」です。
はる屋
2011年2月25日(金) 今日の夜食 は ・・・
小倉・旦過(たんが)市場 「 はる屋 」
“屋台のおでんとおはぎ” ¥560
まだ喰うの?まだ飲むの?と言うあなたに少し解説を加えます。
屋台はなにも博多の専売特許ではない。北九州市内にも屋台の名店がいくつもあり、夜ともなると多くの人が温まりにやってくる。中でもメジャーな存在なのは、小倉の中心街 旦過(たんが)に集まる7店の屋台。博多の屋台に比べると、お店の大きさは一回り大きい。旦過の屋台には、全国的にも珍しい取り決めがあり、独特のスタイルを守りつづけている。

まず、開店時間。午後8時を回らないと電気もつけてはいけない。よって準備は、小さな明かりの中で行う事になる。
そして、専門性。おでん・おにぎりを扱う屋台は、専らおでん・おにぎりだけ。ラーメンの屋台はラーメンだけを扱うといった具合だ。しかし心配は要らない。もしあなたがラーメンの屋台でおにぎりを食べたくなったら、となりの屋台から出前のように届けてくれる。
さらに、これが実に珍しいのだが、小倉旦過の屋台には、お酒がないのである。全国に屋台 数あれど、アルコールを出さない屋台は、旦過をおいて他にはないだろう。なぜお酒がないのかに関しては「以前は魚町銀天街の中で営業していた屋台の客が、商店の店先をトイレ代わりにしてしまうから」という説と、「酒に酔った屋台の客が大喧嘩を起こしたから」という説がある。
いずれにしても厳しい取り決めだが、旦過の屋台はこれをしっかりと守りつづけているのだ。おかげで旦過の屋台は男達に独占されることなく、女性同士や家族連れも気軽に訪れることができるようになったのだ。※九州朝日放送HP


解説にある通り、この屋台にはお酒がありません。ただ“おでんとおはぎ“を食べ、屋台のオヤジさんと話をして帰る趣向です。ですから、酔っ払いは一人もいません。変な感じです。
小生、至って気が弱い方です。 (※え~ッ!) お酒なしでお話しなんかできません。
“おでん”も“おはぎ”も美味しいですが、ごく普通です。
オヤジさんの話では、昨日TVの取材で関ジャニの誰かさんが来たとか。かなりの自慢です。他の地元の若いお客たちが興味しんしんで聞いています。小生、ついに居たたまれなく退散です。「今日、いろいろ食べちゃって、これが限度。ごめんなさい。」半分の嘘、半分の真実です。
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ホテルに帰って、TVで「ニュース9」(※少し前の番組タイトル。現在のは知りません。)でも見ようっ!・・・1日目、無事終了です。
<今日の歩数> 23,512
<’11旅B冬編 Vol.2>終了



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