’11チョイ旅B 信州part2 Vol.1

2.アーカイブス

震災の影響で、小生の計画した『旅Bプラン』がことごとく延期になる中、このような自粛ムードによる閉塞的状況は、被災地の方々に逆に失礼ではないかと思い直し、あえて『プラン』を実行に移した次第です。

『喪に服す時は過ぎたのだ!じゃんじゃんお金を使って、日本経済を元気にしようではありませんか、皆さん!特に震災の影響のなかった名古屋地方の方々!浪費をして下さい!!』

えっ?そうは言ってもお金がない?・・・ウソを言うんじゃないヨ。毎日まいにち会社と家との単調な往復だけで、部下たちにお酒を奢るわけでもなく、小銭をしこたま貯めているキッコロさん、バレてますヨ。観念しなさい!・・・

・・・

というわけで、4月16日(土)17日(日)の2日間、久しぶりの『チョイ旅B』です。目指すは、昨年11月に訪問した“疲弊が進行し続ける地域、飯田線沿線の「信州・天竜川どんぶり街道」”・・・その続篇となります。

ここで、「信州・天竜川どんぶり街道」のおさらいです。

「信州・天竜川どんぶり街道の会」

諏訪、上伊那、下伊那地域の9市町村に点在する様々などんぶり。より広い地域で力を合わせて観光の活性化や地域おこしに取り組んでいこうと、「信州・天竜川どんぶり街道の会」が誕生した。※長野県上伊那地方事務所HP

① 信州諏訪みそ天丼会(信州みそ天丼-諏訪市)→2010年11月14日制覇

② 信州うなぎのまち岡谷の会(うな丼-岡谷市)

③ 信州辰野名物ほたる丼の会(ほたる丼-辰野町) →2010年11月14日制覇

④ 伊那ソースかつ丼会(伊那ソースかつ丼-伊那市)→2010年11月13日制覇

⑤ 宮田名物丼プロジェクトチーム(紫輝彩丼-宮田村)→2010年11月13日 未遂

⑥ 駒ヶ根ソースかつ丼会(駒ヶ根ソースかつ丼-駒ヶ根市)→2010年11月13日制覇

⑦ 信州・飯島さくら(馬)を咲かす会(さくら丼-飯島町)

⑧ 松川ごぼとん丼会(ごぼとん丼-松川町)

⑨ 飯田どんぶり会(II-CUPヌーベル飯田丼-飯田市) 

残すところあと5つ。小生の胃袋をもってすれば楽勝です!・・・が、これを軽いプランだと思う小生の胃袋の成長ぶりというか拡張ぶりというか・・・自分でも呆れてしまいますネ。これでは長生きできそうにありません・・・だから急ぐのです! (※何を?・・・)

<1日目-1> 2011年4月16日(土)

昨日は、珍しく弊社横浜営業所にSK社長がお越しになっていて、例によって、夜は横浜メンバーと飲み会です。

横浜のFW君との申し合わせで、「近くの安い居酒屋で適当にあしらって早く帰そう」という目論見は成功しましたが、場所が何せ横浜です。自宅まで1時間半かかります。帰宅したのが午後10時過ぎ。それからチャチャっと準備を済ませ、早めの就寝でした。

でも、小生の『旅B』の前日に、何故かSK社長が現れ、夜の飲み会が開催されます。早めの帰宅を、と心がけているのに、それを阻止してやろうかというSK社長の行動・・・?

『旅B』の計画がバレているのか?・・・でも、誰にも話をしていませんので、全くもって不思議です・・・それともSK社長は“人の心が読める”エスパーなのか?・・・

ああ、恐ろしや!・・・皆さんも、SK社長とお話しする時は、心を閉ざして、なるべく心を動かさないことです。充分お気をつけ下さいネ。

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前回と同様、新宿発7時ちょうどの「あずさ1号」で出発です。あの時に小生、高らかに宣言させて頂きましたが、もう『あずさ号=キッコロさんの熱唱パフォーマンス』は止め、いちいちそれに触れることをしません。例え『キッコロの祟り(※『チョイ旅B信州篇Vol.4』参照)があろうとも、です。ですから、ここはあっさり進行させて頂きます。 (※全然あっさりではないのでは・・・)

・・・「上諏訪駅」到着が9:14。在来線に乗り換え、今回は「下諏訪駅」で下車です。

いかにも観光チックな「下諏訪駅」

今日一発目の観光スポットです。先回は、時間の関係で割愛しましたが、「諏訪大社」は長野を代表する観光地です。

諏訪大社

諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社。全国各地にある諏訪神社の本社である。その起源は定かではなく、国内にある最も古い神社の一つとされている。

諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)本宮・前宮の2宮、北側に下社(しもしゃ)春宮・秋宮の2宮があり、計4つの宮から成る。社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ木の柱が立っている。※Wikipedia

が、しかし「上諏訪大社」の方は、交通の便が良くないようで、駅から徒歩でも行ける「下諏訪大社」のみの観光となります。まずは、「秋宮」からです。

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下諏訪大社の秋宮は、毎年8月~翌1月に神体が祭られている。よって、初詣は秋宮で行われる。中仙道の宿場町である下諏訪に鎮座、温泉の湧出地で、境内にも御神湯がある。正面には「根入りの杉」、奧に神楽殿、幣拝殿、左右片拝殿が並ぶ。※Wikipedia

幣拝殿
御神湯
根入りの杉
日本一大きい狛犬
左から  秋宮一之御柱、ニ之御柱、三之御柱、四之御柱

「諏訪大社」と言えば、『御柱祭り』が有名です。幣拝殿の4隅に立てられている「御柱」にご対面のついでに説明です。

御柱祭り  

 「御柱祭り」は、山中から御柱として樅(もみ)の大木を16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮各4本)切り出し、長野県諏訪地方の各地区の氏子の分担で4箇所の各宮まで曳行し社殿の四方に建てて神木とする勇壮な大祭である。この御柱祭りは7年目ごとに行われ、柱を更新する。日本三大奇祭のひとつとされる。  

 大きくは「山出し」と「里曳き」にわかれそれぞれ4月と5月に、そして下社は上社の一週後に行われる。諏訪地方あげての一大行事である。  

 「山出し」のメインイベントである「木落し」は氏子を乗せたまま、御柱を木落し坂から落とす。祭りの中でもっとも危険な行事であり、過去に幾人もの死傷者を出してきた。下社と上社とでは趣が異なり、下社木落しが勇壮盛大であるのに対して上社木落しはいかにV字のまま落ちるかという「美しさ」が重視されているようである。※Wikipedia

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この後、古(いにしえ)の街並みが残る旧中山道を「春宮」に向かいます。徒歩で15分ほどです。

しかし、この「下諏訪」は、そこ此処に温泉が湧き出していて、入湯料で気軽に入れる温泉というか銭湯というか、そういった施設が多くあ りますネ。温泉好きには堪らない所でしょう。ただ小生は、一片の興味も湧かなく冷たく素通りです。

下諏訪大社の「春宮」に到着です。ここ「春宮」は、毎年2月~7月に神体が祭られていると、いう違いはありますが、「秋宮」と大変良く似ています。というか、“瓜2つ”です。(※ひょっとして上諏訪大社の本宮と前宮も同じ?・・・じゃあ、“瓜4つ”ですネ。)

幣拝殿
結びの杉
左から 春宮一之御柱、ニ之御柱 あとは省略・・・

神楽殿、幣拝殿や幣拝殿の4隅にある御柱・・・ただ、境内の杉が『結びの杉』という名前が違うだけで、初心者にとっては、“駅から遠い か近いか”の問題だけのような・・・

ただ、この地区の人気観光スポットは、どうやら「春宮」ではなさそうです。近くにある「万治の石仏」がそうです。

何でも“大変御利益が あり人々の願いを叶えてくれる”そうで、観光客が引きも切らず訪れています。小生も、その御利益にあやかりたく訪問です。

『どうか。このチョイ旅Bで“どんぶり街道”を無事制覇できますように…』 (※そっちかい!)

 万治の石仏(まんじのせきぶつ)とは、長野県下諏訪町東山田字石仏にある石仏である。下諏訪町指定の文化財である。 「万治」という名の由来は万治3年(1660年)11月1日に造られたとされるところによる。

 伝説によると、諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を造る為にこの石仏を材料にしようと鑿(のみ)を入れたところ(その鑿は現存している)、傷口から血が出てきたため職人達は祟りをおそれ、その晩に職人達が夢枕で上原山に良い石材があるという夢を見て、その山に行き探したところ見つけることが出来、職人達はこの石仏を阿弥陀如来として祀った。それに因んでこの辺りに地名が石仏となっている。

  この石仏は芸術家の岡本太郎が訪れて大絶賛したことにより有名となった。ほか新田次郎も賞賛している。※Wikipedia

この「万治の石仏」は、お参りの仕方があるようで、近くの案内板に書かれてあります。

1.正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる。  

2.石仏の周りを願い事を心で唱えながら、時計回りに3周する。  

3.正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する。

小生も、願い事を心で唱えながら3周です。『どうか、今回はキッコロの祟りがありませんように・・・』切実な願いです。

・・・

「下諏訪駅」より「岡谷駅」まで中央線を下ります。といっても1区間ですが・・・

「下諏訪駅」から 国鉄115系電車で。

「岡谷駅」到着が11:16。早速『どんぶり街道』の一つ、“うな丼”制覇に向かいます。で・・・

濱丑(はまうし)川魚店

2011年4月16日(土) 今日の昼飯 は・・・

岡谷 「 濱丑(はまうし)川魚店 」 

特うな重  ¥2,250

『どんぶり街道』ですから、“うな丼”でなければなりませんが、この店のものは、メニューの写真で見る限り、非常に貧弱なもののようで、 ここは思い切って、最上の“特うな重”を発注です。それに「うなぎのまち岡谷」という会の名からして、これは決して間違っている訳でも ありませんので。

 諏訪湖は信州を代表する湖であり、その諏訪湖に面する岡谷市は、天竜川の源として古くより大正、昭和30年頃までは、うなぎの漁獲高も非常に多く、また、うなぎの料理に関しての先人の研究努力と、その伝統を受け継ぐ現在のうなぎ取扱店の研鑽により、人口あたりうなぎ消費量は全国上位に位置づけられている。

 その歴史と伝統をふまえ、岡谷青年会議所の提言を基に、「うなぎのまち岡谷」を標傍し、うなぎを岡谷名物とし、岡谷市の食文化、観光振興に寄与することを目的に「うなぎのまち岡谷」の会を設立した。※長野県上伊那地方事務所HP

“特うな重”が小生の前に登場です。

焼の感じが・・・ 「あの~、ここは関西風ですか?」「お客さん、関西の方?」とんちかんな返答です。

「いいえ・・・でも、焼き方が・・・」「でも、背開きなんですヨ。」「ええ!では、蒸しもなし?」「はい、背開きで蒸しなし。岡谷は、関東と関西のちょうど中間にありますから、そうなんじゃないでしょうか。」(※何のこっちゃ分からない方は、勉強不足です。出張・浜松100925号を参照して下さい。)

そういえば、諏訪湖を源流とする天竜川は、浜松方面に流れ下っている。それがそのまま“鰻文化”の境界線になっているのネ・・・

しかし、浜松は、関東風の店と関西風の店が、それぞれその技術を継承しつつ混然と存在している。が、ここ岡谷は、関東風の技術と関西風の技術が混ざり合い、一体化して存在している・・・

ちょうど中間といっても、これほど違う食文化の形成・・・ある意味、驚きであり感動でもあります。

タレの味は関西風の甘辛。美味しいです。さすがと思わせる歴史を感じます。満足!

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<‘11チョイ旅B Vol.1>終了

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