<2日目-1> 2011年2月26日(土)
今日は、小倉駅よりJRで関門海峡の大瀬戸を渡り(※もちろん海底トンネルでです。電車では海を渡れませんから。)、本州は山口県下関に入ります。 しかしその前に、JR小倉駅7・8番ホームで、朝食と致します。
ぷらっとぴっと
2011年2月26日(土) 今日の朝飯 は・・・
小倉駅7・8番ホーム 「 ぷらっとぴっと 」
かしわうどん ¥350

ハリウッドスター(※言い方がちょっと古いか)「ブラッドピット」をもじったユニークな店名ではあるのですが、店そのものは、どこの駅にも ある“立ち喰い”のうどん屋です。

3・4番ホームは、立ち喰いうどん・そば
5・6番ホームは、立ち喰いラーメン
と小倉駅ホームは充実しています。
でも、ここの“かしわうどん”は超有名。朝7:00からの営業ですので、早速小倉人に交って注文です。
「かしわうどん」は、福岡県を中心とした九州北部定番のうどん。鶏肉のだしを使い、鶏肉のそぼろ(この地方の方言で鶏肉をかしわと呼ぶ) をうどんの上に散らしたものである。
特に駅弁のかしわめしで有名なJR九州小倉駅から折尾駅、博多駅を経て鳥栖駅にかけての駅立ち食いうどん店では「かしわ無しで」と注文しないと、ほぼ全てのうどんに、このかしわがトッピングされている(つまり「かしわうどん」が、かけうどんのような立場である)。※Wikipedia

鶏肉そぼろの甘い味付けがアクセントになり、結構ダシの効いた甘めのうどんになっています。小生としては甘辛は大歓迎です。ホームにあ るお店なので、量的にも朝飯にちょうど良い加減。お腹に優しいサイズです。第2日目の幸先良しです。
・・・
「下関駅」で乗り換え、山陰線を日本海に沿って更に北上します。

-国鉄キハ47形気動車
普通列車で35分が経過し、眠気が急激に襲ってきた頃に、目指す「川棚温泉駅」に到着です。
「川棚温泉駅」といっても、ここに温泉街があるわけではありません。更に路線バスで奥に分け入ります。しかし・・・会員の皆さんは既に お分かりのこととは思いますが、小生、温泉なんぞには、これっぽっちも興味がありません。ましてや、関東圏では無名の温泉なんぞ・・・ が、そこには山口を代表する“ご当地グルメ”があるのです。
駅前でバス停を探します・・・しかし、それらしいものがない・・それで、客待ちのタクシーの運転手さんに聞いてみます。
指差しながらのお答えです。「ああ、あそこだけど・・・でもバスは今、1~2時間に1本程度だヨ。」「??・・・ああイイです。待ちます。」
この運転手、何を“すっとぼけた事”を言っているのかな?小生は、路線バスの時刻を調べて来てるのヨ。バスはこの後すぐあるはず。それ に、小生の調べでは、今の時間には1時間に3~4本はある・・・
は・は~ん、小生を騙して『ご禁制のタクシー』に乗せようという魂胆なのネ・・・でも、仕方ありませんネ。そういう言動をとるのは理解 できます。
例えるなら、“イオンの店に行き、店長さんに「ヨーカドー(あるいはアピタ)は何処ですか?」と聞いているようなもの”です。小生の行 動の誤りです・・・
・・・
たかせ本館
2011年2月26日(土) 今日のちょっと早い昼飯 は・・・
山口・川棚温泉 「 たかせ本館 」
元祖 瓦そば ¥1,050

朝の「うどん」に続き、またまた麺類の「そば」です。どうしても『旅B』は、こういった偏りがでてくるもの。致し方ありません。
えっ、何?そんなことより“食事の回数”が多すぎる?・・・まあ、成人病まっしぐらというか、あの世までのカウントダウンというか、良 くない傾向であるということは誰よりも認識しております。
が、山男が危険を承知でチョモランマを目指すように、小生も、そこにご当地グルメ・B級グルメがある限り、自分の健康なんか顧みず、挑戦続けようと強く決心している次第です。 (※ホント馬鹿につける薬はないネ。)
では、“瓦そば”について解説です。
瓦そば(かわらそば)は、山口県下関市豊浦町の郷土料理。
その名の通り、熱した瓦の上に茶そばと具を乗せた料理である。川棚温泉のホテルや旅館を中心に広まっている。
西南戦争の際に熊本城を囲む薩摩軍の兵士たちが、野戦の合間に瓦を使って野草、肉などを焼いて食べたという話を参考にして、1961年(昭和36年)に高瀬(たかせ)慎一が開発したとされる。
一部の料理店では瓦ではなくステーキ用の鉄板で供されることもある(この場合は「茶そば鉄板焼」と呼ばれることが多い)。一部の店では焼きそばと呼ぶこともあり、瓦そばの存在自体を知らない県外の人が注文して驚くこともある。
当地では家庭向けにゆで茶そばとつゆのセットが売られており、家庭でも調理されることもある(もちろん、家庭では瓦に載せて供されることは皆無であり、ホットプレートやフライパンが用いられる)。※Wikipedia


「瓦が熱いので、お気をつけ下さい。」との注意とともに、小生の前に“瓦そば”が。

いや~、変わっているネ。熱した本物の瓦の上に、茶そばが“ちょこんなん”と乗っている。そば好きの江戸っ子が見たら、思わず卓袱台(ち ゃぶだい)をひっくり返すところですヨ、ほんと。(※え?ちょっと古い?)
でも、小生、結構美味しく感じます。麺の感触は、瓦に接している下の所は中華料理のかた焼きそばに似ており、上はごく普通の茶そば。(※ただし、あまり腰はない。)それを日本そばのダシの効いたつけ汁で頂く。変わっていて美味しいです。
ただ皆さん、想像して下さい。瓦の上に置いたそば・・・安定感がありません。食べようと箸をつけると、ニュートンの引力の法則に則りポロポロと下へこぼれ落ちてしまいます。
後でお店の人に聞いたんですが、『瓦の傾斜が緩い方に落として、それで・・・』とのこと。要は、瓦を日本列島の縦切りに見立てると、傾斜の急な“日本海側”ではなく、“太平洋側の平野”に落としながら、というコツがあるそうです。納得です。
しかし、さもしい育ちの小生、日本海側に落ちたものも救助をしつつ完食です。
・・・
再び山陰線で下関駅に戻ってきたのが12:40。ここから、今日の観光スポットを一気に巡ります。もちろん徒歩で、です。
では、皆さんには、時間経過とともにご紹介しましょう。でもその前に、ここ下関の前に横たわる『関門海峡』と『下関の観光』について勉強です。
関門海峡(かんもんかいきょう)
本州の下関市(山口県)と九州の北九州市(福岡県)を隔てる海峡。名称は両岸の地名である、馬関(現 下関市)の「関=カン」と、門司(現 北九州市門司区)の「門=もん」を取ったものである。旧名は馬関海峡(ばかん かいきょう)。最深部は水深47m。
本州と九州を隔てる水路を大瀬戸(おおせと)といい、彦島と本州を隔てる水路を小瀬戸(こせと)または小門海峡(おど)という。大瀬戸の幅が約600mまで狭まる壇ノ浦 — 和布刈間は早鞆の瀬戸(はやとも の せと)という。一般には大瀬戸の下関―北九州市門司区の間を関門海峡と呼ぶ。※Wikipedia
・・・
旧下関市街地では幕末前後から明治時代にかけての歴史遺産を整備した観光地が複数存在するほか、長府地区は城下町、また関門海峡沿いには観光施設が多数建設されており、対岸の門司港レトロ地区(北九州市)と併せた周遊ルートとして多くの観光客で賑わう。 ※Wikipedia
・・・
<12:50 -13:00> 下関駅 → 海峡ゆめタワー

<13:00 -13:10> 海峡ゆめタワー展望台 ※入場料¥600
https://goo.gl/maps/nXjWRCpEPXvaYQTt8






<13:40> 山口銀行旧本店
https://goo.gl/maps/6uDuYjN2VBxyTJJa6

<13:45> 旧秋田商会ビル ※前にある旧下関英国領事館は改修工事中
https://goo.gl/maps/9woU4Sfpsp4pvSx57

<13:50> カモンワーフ ※観光地にありがちな飲食店やお土産屋さんが入った観光商業施設。
https://goo.gl/maps/SEh29iw9jtvRESt5A

ここで少し休憩です。カモンワーフ内のフードコートで下関ご当地グルメとともに。
気まぐれダイニング caprice(カプリス)
2011年2月26日(土) 今日の間食 は・・・
下関 「 気まぐれダイニング caprice(カプリス) 」
ふぐバーガー ¥350 + コーラ¥200


下関といったら、何といっても“ふぐ”。( ※下関などでは、縁起をかついで「ふぐ」ではなく、「ふく(福)」と呼ぶ。)
しかし、ふぐは超高級魚です。小生の『旅B』には相応しくない食材。別にお足(※お金のこと)を惜しんでいるのではありませんので誤解のないように。
でも、せっかく下関まで来てネ・・・ということで、最も『旅B』にフィットした、最近売出し中の“下関ご当地グルメ・ふぐバーガー”で 「ふく」とご対面です。

はっきり言って、“ただの白身魚のフライ”ですネ・・・そうそう、マックの「フィレオフィッシュ」と酷似しています。
が、それよりは完成度は低いですネ。まあ、そこが「ご当地グルメ」っぽくて良いのですが・・・普通に美味しいです。
※閉店
・・・
<14:20 -15:15> 巌流島上陸クルージング ※乗船料 往復¥400
https://goo.gl/maps/u6mZ2wGjYkyMswbJ8


唐戸1号桟橋から巌流島に上陸し、再び戻ってくるもの。(※2号桟橋からもそっくりなクルージング船が出ています。こちらの方が、声掛けなどしてP Rは優れています。)
では、上陸前に「巌流島」について説明です。
巌流島(がんりゅうじま)
山口県下関市にある、関門海峡に浮かぶ小島(無人島)。正式な島の名前は船島(ふなしま)であり、現在もその住所は「下関市大字彦島字船島」である。
宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われたといわれていることで有名。当時は豊前小倉藩領の船島であったが、佐々木小次郎が「厳流」(「岩 流」とも)を名乗ったことから巌流島と呼ばれるようになった。
なお日時は、『二天記』(安永5年(1776年))によると慶長17年4月13 日(グレゴリオ暦では1612年5月13日)に行なわれたといわれるが、それより半世紀前に書かれた立花峯均による『丹治峯均筆記』(享保 12年(1727年))には武蔵19歳のときとあり、決闘時期には諸説あって実際は不明である。※Wikipedia




・・・
<15:25 -15:30> 春帆楼(しゅんぱんろう)&日清講和記念館
https://goo.gl/maps/vrUsnC4UEGx6ZEsS6


「春帆楼」は、1895年(明治28年)4月17日に締結された日清戦争の講和条約(下関条約)の締結会場として知られる。(※ふぐ料理公許第一号店としても有名)
今では、下関近辺のハイクラスのご子息・ご令嬢の結婚式場ともなっているようです。
「日清講和記念館」は、その締結した会場を再現した観光施設です。(※入場は無料)
突然ですが、<’11旅B冬編 Vol.3>終了



コメント