旅B夏篇  青森・函館 Vol.2

2.アーカイブス

<1日目-2> 2010年9月11日(土)

弘前駅に戻ってきたのが午後1時前。ここから「弘前観光」を始めます。雨が本降りになってきました。当初の予定では「りんご公園」に行って、りんごの園から見える「岩木山」を眺めたかったのですが、この空模様では・・・無理か・・・予定変更です。それなら、青森に相応しくない、この明るい町「弘前」の散策です。

雨の弘前駅前。りんごのまちに 相応しい郵便ポスト?

「散策マップ」を貰おうと、観光案内所に行ったのですが、「そういったものはない」とのこと。「まち(タウン)歩き」に力をいれている割には、ツールが揃っていない。しかも、歩いてみて分ったことですが、「案内看板・サイン類」の整備が遅れている。

今年の12月4日の新幹線開通に大きな期待をして、街のそこ此処でキャンペーンを展開しているのだが・・・これが弘前人の実体か?・・・仕方ないので、小生の観光ガイドに記載されている『…線』に沿って、歩いてみることに。

では、その前に小生の乏しい知識で、この青森県には相応しくない?、都会的香りもある「弘前」と、青森県のイメージそのものの「青森市」を対比しながら(※この日の夜に到着した)考察してみたいと思います。

青森県は、奥羽山脈を挟んで、東側の八戸市を中心とした「南部地方」と、西側の青森市、弘前市を中心とする「津軽地方」に分かれます。歴史、文化、風土、気候が全く異なる地域です。

その「津軽地方」の中では、やはり県庁所在地でもある青森市が中心と考えられがちです。 (※実際に、人口も青森30万人、弘前18万人)しかし、「津軽地方」の歴史をたどると、違ってくるのです。

江戸時代、「津軽地方」は津軽氏が治めていました。その藩の政治・経済・文化の中心が 「弘前」。弘前城の城下町として大変栄えていました。また、近くの鰺ヶ沢・深浦は北前船の寄港地でしたので、藩は、中央からの文化、技術などを積極的に取り入れ、地場産業の振興を図り、経済・文化都市としての素地をつくりあげたのです。

しかし、明治時代になり、政府は、北の交通の要所、北海道の窓口として「青森」を重視し、県庁を置き、現在に至っています。

つまり、「青森」は明治政府が意図してつくり上げた“新しい町”。一方「弘前」は長い歴史に培われた、この地域における“本来の町”。この差が、両市のイメージに大きく影響していると考えます。

実際、明治に入ると「弘前」は、西洋文明を積極的に取り入れた街づくりを行い、このことが、現在の明るい都会的な街のイメージに繋がっているに違いありません。

「青森」は、青函連絡船の発着港として、石川さゆりの『津軽海峡冬景色』の歌とともに、現在の“暗い、どんよりとしたイメージ”をつくり上げていったのです。』

どうですか?少しは「弘前」が理解できましたか?(※小生も勉強のし甲斐があったというもの)そんな「弘前」ですので、『まち歩き』もバラエティーに富んでます。

大きく分けると、『古都弘前の歴史を訪ねるコース』と、街の明るさの要因にもなっている『文明開化の波に乗り作り上げた洋館を訪ねるノスタルジックコース』の2つです。

小生は、後者中心に巡ることにします。時間の関係で、小生のコースを写真だけで順にざっとご紹介です。(※各々について解説もご用意しておりますが、長くなりますのでカットします。)

・・・

〇弘前 まち歩き

駅前公園(出発場所)

https://goo.gl/maps/tCqd8nZ9RZckfW5M8

・・・

日本聖公会 弘前天昇教会

https://goo.gl/maps/Rok2XMC78evyeD9bA

・・・

土手町/一戸時計店

https://goo.gl/maps/WJ5GqS5Ww1h47AxJA

・・・

地元百貨店「中三(なかさん)」

https://goo.gl/maps/UXZfgmRoi6M45Vur8

・・・

藩祖 津軽為信像

https://goo.gl/maps/QTyvFfEGF1Y8Ry2LA

・・・

日本キリスト教団 弘前教会  

https://goo.gl/maps/4Y1vncXuPg8B5vkC6

・・・

カトリック弘前教会

https://goo.gl/maps/oyo2j2nGBCVz4CNb7

・・・

市立観光館内 弘前ねぷた

https://goo.gl/maps/TdncfSK1P8EDR3Q36

・・・

旧東奥義塾外人教師館

https://goo.gl/maps/sh75nkQBGP4GL7rH7

・・・

旧弘前市立図書館

https://goo.gl/maps/4HdZde6E5Fqg3sRPA

・・・

ミニチュア建造物(※洋館のミニチュア群ですが、何のために・・・??)

https://goo.gl/maps/gx6K97e9b8vQDsMcA

・・・

藤田記念庭園

庭園からの「岩木山」 やっと見えた!
https://goo.gl/maps/DouroXm8PmxSSVHi6

・・・

結局3時間半かかりました。・・・フ~ッ。

こんなに時間がかかるものなのかな?今一度観光マップをよく見ると・・小生がたどった『…線』は、市内巡回バスの路線図であることが判明。歩いて回ったおバカは小生ひとりのようです・・・。しかも、段々激しくなってくる雨の中を・・ですヨ。トホホ

・・・

くたびれ果てて、JR奥羽本線で青森に向かったのが午後5時10分過ぎ。青森到着が午後6時前・・・ここ青森もやはり雨です。

青森県の玄関口「青森駅前」。 それにしては・・・ 淋しいなあ・・・

青森駅から今日のホテル(※会員であるワシントンホテルです)まで、メインストリートに沿って青森市の一番の繁華街を歩きます。

でも・・・人が全然いない。土曜日の午後6時というのに・・・ここは、青森県のイメージそのものです。期待を裏切りません。でも、県庁所在地は青森市なのでは?(※この疑問から前述の小生の勉強と考察が生まれたわけです。)

ホテルで30分ほど休憩し、「B級グルメ探訪」のため、再び淋しい繁華街へ。

居酒屋 篤(とく)

2010年9月11日(土) 今日の飲み は・・・

青森・本町 「 居酒屋 篤(とく) 」 

“生姜味噌おでんで一杯!” ¥5,000

“生姜味噌おでん”は、「B1グランプリ」出場常連の青森を代表する「B級グルメ」です。では、その説明から。

青森市においては、ショウガをすりおろしたみそだれをたっぷりかけて食べる「生姜味噌おでん」が、独自の食文化として、現在も愛されています。

これは、戦後、青森駅周辺で雨後の竹の子のように出来た屋台(闇市)で供されていた「おでん」に由来すると言われています。

冬の厳しい寒さの中、青函連絡船に乗り込もうとする船客の体を少しでも暖めようと、ある一軒の屋台のおかみさんが味噌に生姜をすりおろして入れたのが喜ばれ、広まっていったようです。

青森生姜味噌おでんは、味噌にすりおろした生姜、酒、だし汁、みりんなどを入れて火にかけた味噌だれをかけて召し上がっていただきます。ほんのり甘い味噌と、風味豊かな生姜がピリっときいた味わいが人気です。※第2回B1グランプリHP

そして、ここ「居酒屋 篤」については、

青森市民の味として親しまれてきた生姜味噌おでん。「居酒屋 篤」を始めるとき、店長の三上篤司さんが看板商品になるメニューはないかと考え、生姜味噌おでんをメニューに加えた。居酒屋で生姜味噌おでんを売った発祥の店とされている。

おでんの種は薩摩揚げの一種である大角天と角こんにゃくの2種類だけ。一口食べるとぴりっとした生姜の辛味が舌に広がる。味噌100gに対して使用する生姜は50gというタレは少々大人向け。味噌、生姜、みりん、日本酒、白砂糖が入っている。水は使わない。濃厚な味でお酒に合うように作っている。※東奥日報HP

昭和の香りのする雑居ビルの1階に「篤」はあります。辺りに人の気配はありません。しかし、営業はしているようです。恐る恐る玄関を開けると・・・こじんまりした店内。カウンターがメインのようです。

演歌の似合う店というのは、正にこの店を言うのでしょう。先客は、おじさんとおばさん(※と言うには可哀そうかな?)の1組。カウンターの隅に座って、早速生ビールと“生姜味噌おでん”を注文。あと「うにのセット」。青森といったら“うに”と思ったからです。

出てきた「うにのセット」は、普通の居酒屋にありそうな佃煮系。少しがっかりです。そして、そして、遂に登場です。「生姜味噌おでん」。早速パクリといかせて頂きました・・・

青森B級グルメの代表 「生姜味噌おでん」 大角天と 角こんにゃく 各2本で \300

美味い!生姜のピリリとした刺激が何とも新鮮!やや甘の味噌ですが、これが生姜とベストマッチ。日本酒に切り替えて“飲み”が進みます。 続いて、「ホタテみそ玉子とじ」。この際も、青森といったらホタテでしょう!という漠然としたイメージだけで注文。

左:うにのセット¥500  右:ホタテみそ玉子とじ¥600

このメニューは、この旅B(たび~)の2日目に分かったことですが、下北半島の郷土料理で、現在売り出し中とか。(※料理名は違います。「みそ貝焼き」と言います。)まずまずの美味しさです。

ここで、大将からお薦めです。「シャコの刺身はどう?うちでしか食べられませんヨ」「うん?うちでしか?・・・」

小生、この言葉に弱いのです。何も考えないで「じゃあ、下さい!お酒ももう1本!!」と調子に乗っていたわけです。でも待てよ。シャコと言ったら、死んだ魚などの汚物を餌とする不潔な生き物。火を通せば良いのだが、それを刺身で・・つまり生で・・・ああっ気持ち悪くなってきた・・・

でも容赦なく、そのものが小生の前に出てきました。大将、自信があるのか、小生の箸先をじっと見つめて解説です。「シャコを生きたまま凍らすのヨ。そうしておいて皮をむく。そうでないと上手くむけないの。私が考えた方法だ。」・・・他の人は、やはりやっていないのネ・・大将、感想を待っています。・・・エエイ!一気に口に入れ、急いで食します。う・うっ、・・・

噂の“シャコの刺身” ¥600

「海老の刺身に似ていますネ」「そうなのよ。美味しいでしょう?」「ええ・・・」

本当に気持ち悪くなってきました。酒で残りを流し込み、「大将!御愛想!!」。逃げるように退散です。いや~参りました。小生は「B級gourmand」、決して「ゲテモノ喰い」ではありません。自分に言い聞かせながら、次なるターゲットへ。

※閉店 I’m sorry

・・・

味の札幌 大西

2010年9月11日(土) 今日の〆 は・・・

青森・古川 「 味の札幌 大西 」 

味噌カレー牛乳ラーメン ¥780

引き続きの“ゲテモノチック”な喰い物です。少し心配ですが、所詮ラーメンです。不味ければ、食べなければ良い。早速注文です。

みそカレー牛乳ラーメンとは青森県青森市のB級グルメである。味噌ラーメンのスープにカレー粉と牛乳を入れたもので、具はチャーシュー、モヤシ、バター、ワカメとメンマを使用する。店によって味付けが異なる。※Wikipedia

札幌ラーメン横丁 でラーメン店を経営していた佐藤清が、東北地方に札幌ラーメンを広めたいと1968年(昭和43年)に青森市に「味の札幌」を開く。

1970年代、松竹会館の映画館に支店を出した味の札幌(現:味の札幌大西)において、ラーメンにケチャップやマヨネーズ、コーラなどさまざまなものを入れて食する遊びが中高生の間で流行した。

このとき、「味噌ラーメンにカレーとミルクを入れて食べると何故か美味い」といううわさが流れ始め、ご当地ラーメンの模索をしていた店主は、1978年(昭和53年)、正式なメニューとして「味噌カレー牛乳ラーメン」を発売した。

その店主は亡くなったが、店主の弟子達が味噌カレー牛乳ラーメンを受け継ぎ、青森市内で弟子達がそれぞれ経営している店舗(現在は5店舗)で味噌カレー牛乳ラーメンを食べることが出来る。※Wikipedia

何度も言うようですが、小生、ラーメンはあまり好きではありません。食べられないことはないのですが、美味しかったという記憶があまりありません。まあ、腹の足し・・ぐらいかな?

しかし、ここのラーメンは変わっているだけに、過去の記憶にはない微妙な味わいです。みそラーメンの味ではあるのですが、牛乳によると思われる“マイルドな深み”があり、さらに、カレーによる“ピリピリ”とした刺激もあり、思っていたよりは美味です。また食べたいか?と問われれば、「ノー」ですが・・・

https://goo.gl/maps/6bbrdbkkdTVmZ2V77

・・・

全くひと気のなくなった繁華街を後に、ホテルへ戻ります。

土曜日午後8時の 繁華街のメインストリート。
人がいない・・・ 県庁所在地「青森市」

明日の過酷なスケジュールに備え、早めの就寝とします。ただ、あの「シャコ」の後味がいまだに残っていて、気分の良い寝つきは望めそうにありません。(※嘘を言え!一瞬で爆睡のくせに)

ただ、誤解があるといけないので、皆さんに、今日1日の納めとして言います。

「シャコの刺身は、決して不味いものではありません。ホント海老のような味です。ただ、気持ちが悪いだけ?です。以上です。おやすみなさ~い。」

※新しい企画を始めます。“べた付け景品”でもらった「万歩計」で、一日の歩数を計測します。それが、その日の終わりの印です。

<本日の歩数> 25,500歩

<旅B 青森・函館 Vol.2>終了

コメント