呉・広島・岡山・倉敷 Vol.3

2.アーカイブス

<2日目-1> 2010年5月13日(木)

昨夜は早めの就寝だったので、午前6時の起床も何の苦もなく、それどころか、すでに午前7時前には、平和大通りを元気良く闊歩致しておりました。もちろん、朝食のためです。目指すは、昨夜の“あの忌々(いまいま)しい休業店舗”のある「市役所前」より更に遠い「鷹野橋」。早朝の空気は清々しく、歩くリズムも、自然テンポアップしてきます。

「平和大通」から「鯉城通」へ。

「朝食のためとは言え、そんなに遠くに、何しに行くの?」・・・良い質問です。そこには・・皆さんの、特に名古屋人の あっ!と驚く『喫茶店』があるのです。そこで、

2010年5月13日(木) 今日の朝食 は・・・

広島・鷹野橋 「 ぶらじる 」

元祖モーニングサービス:Aモーニング  ¥525

名古屋人には、何の変哲もない ごくごく普通のラインアップ

名古屋人の皆さんは、「いや~、やっぱ“モーニングサービス”は、愛知県が発祥でしょう。」とおっしゃるかもしれません。もちろん愛知県が最初という説もありますが、記録的には、ここ「ぶらじる」が最初とされているのです。では、解説です。

モーニングサービスは、日本の喫茶店やレストランが、早朝の時間帯にドリンクやトーストなどなど特定のメニューを、朝食として割安価格で提供するサービスの呼称である。

モーニングサービスは和製英語であり、英語ではbreakfast specialという。本来のmorning service は、教会の日曜礼拝の事。 モーニングサービスが行われる時間帯は通常早朝~昼近くまでである。ドリンク代のみで、追加料金無しのサービスにしているところも多い。

「ぶらじる」は、街はずれの商店街の中に ひっそりとあります。

記録が残っている限りの日本初のモーニングサービスが行われた店は、広島市のタカノ橋商店街にある「ルーエぶらじる」が1956年に開始したとされている。1957年に撮影された当時の店の様子を納めた写真に、モーニングの文字が入った看板がある事がその理由とされている。サービス開始当初のメニューは、コーヒー・食パン・目玉焼きの3点で、値段は60円だった。

1950年頃に愛知県一宮市で、商談などで朝から集まった人のために店がピーナツやゆで卵を付けたのが、当地のモーニングサービスの始まりとの説がある(豊橋市を発祥地とする説もある)。愛知県では喫茶店利用客と喫茶店の数の多さが地域内部での商業競争を呼び、これらのサービスを生んだとされている(名古屋で興った漫画喫茶も、発足の経緯は同じようなものであった)。

現在の愛知県及び岐阜県では、朝食とほとんど変わらない量で飲み物の値段と同じ値段にする店・営業する時間帯を全て「モーニング」にする店も現れており、競争の激しさはいっそう増している。 そして近年では、これらモーニングサービスのニーズが社会的に高まったこともあって、流れとしては全国的にも広がりつつある。※ Wikipedia 

(※でも、東京ではあまりお目にかからない。)

どうです。驚いたでしょう?店の名前こそ、「ルーエぶらじる」から「ぶらじる」に変わっていますが、ここが、“モーニングサービスの元祖”なんです。でも、これで¥525はちょっと高いな。元祖の威厳なのか?・・・あと、ベーカリーを併設している割には、トーストが今一か?

https://goo.gl/maps/k92H4wnpKmwfdu2M9
 

※店名を「ルーエぶらじる」に戻したようだ。

さ~てと、昼飯までの間、2日目の観光といきましょう!「鷹野橋」から広電1号線でJR広島駅まで出て、『宮島観光』に出かけます。恥ずかしながら、小生、『厳島神社』を見たことがありません。“修学旅行の定番、家族旅行のスタンダード”ではありますが、どうもミーハーチックな感じがして・・・でも、今回は、そんな観光地にも、否、そんな観光地だからこそ、小生の垂涎(すいぜん)の『グルメ』が存在することが分かり、観光二の次で?出かけることにしたのです。

JR広島駅から電車で25分。さらに「宮島口桟橋」からフェリーで10分、日本三景の一つである『宮島』に到着です。(※日本三景=宮城の松島、京都の天橋立、安芸の宮島)

① 宮島(正式名は厳島)

https://goo.gl/maps/NKdVgYSPhoqVVEbm8
 

瀬戸内海に浮かぶ周囲約30㎞の島。厳島神社および弥山(みせん)原始林は、1996年に世界遺産に登録されている。年間300万人近い参拝 客・観光客が訪れる。※Wikipedia

厳島神社までの海沿いの道「御笠浜」。大鳥居が最も近いところ。
途中、野生の鹿さんがお出迎え。「悪いことはしないヨ」と地元の方。

② 厳島神社  拝観料¥300

https://goo.gl/maps/TUSpDgkefZQKG8HM8

景勝地としての厳島の中心は、厳島神社である。海上に浮かぶ朱の大鳥居と社殿で知られる厳島神社は、平安時代末期に平清盛が厚く庇護し たことで大きく発展した。現在、拝殿・廻廊・能舞台(いずれも国宝)などのほか、建造物はすべて国宝または国の重要文化財に指定されて いる。※Wikipedia

左:高舞台     右:火焼前(ひたさき) 
結婚式も行われていました。 羨ましがっているのは 何処の誰かな? 気持ちは分かるヨ。

この後、『③五重塔』『④千畳閣』を足早に見学し、再びフェリーに乗るために、宮島桟橋まで戻ります。来た道(※海沿いの御笠浜)と同じ ではつまらないので、お土産屋が軒を連ねる『表参道商店街』を帰ります。

左:五重塔     右:千畳閣

ここで、この「宮島」へ来る時から気になっていた、“ある思い”を披露します。『さすが、日本を代表する観光地だ!修学旅行のガ〇と欧米 のケ〇〇ばかりじゃないかっ!!』・・・言葉は悪いかも知れませんが(※かも知れないではなく、本当に悪い!)、では・・・修学旅行の学 生さんたちと欧米の白人さんたちの多いこと。観光客の8割以上がその類ではないかと思われます。驚いたことに、最近各地に出没している “あの中国人観光客”が、それに紛れてあまり目立たない・・・(※彼等には常にそうであって欲しいのだが・・・)

まだ、午前10時半なので、人通りも少ない。

そんなこんなで歩いていると、ある『手書きPOP』がふと目に留まりました。周りを見回すとかなりの数の、その『POP』やら『看板』があるようです。

それに書かれている魅力的な文字というのが・・・『焼きかき』『生かき』。そうです!季節が違うので諦めていた「広島の牡蠣」が、ここでは普通に?食べられるのです!!

早速、店の選定です。でも、まだ午前中ということもあり、準備中の札が目立ちます。その中でも、すでに店頭で良い匂いをさせながら、威勢の良い掛け声で、“おらっちは、スタンバイOKだぜ”的なオーラ?を出しているお店が見つかり、“ハイ、御免よ”的に店頭から奥のテーブル席へ。

スタンバイOKの「牡蠣屋」さん。 小生が一番乗りのようです。

早速、おニイさんに注文です。「焼きかき・・と・・生かき、それに生ビール!」「あの・・生かきは今はやってないんですよ。3月までです。」ああ、やはりそうか!旅行ガイドは正しかったのね!「じゃあ、焼きかきだけでイイよ」・・・ということで

牡蠣屋

2010年5月13日(木) 今日の 昼飯前のつまみ喰い は・・・

広島・宮島 「 牡蠣屋 」 

焼きかき4つ ¥1,000 と生ビール ¥500

季節はずれとはいえ、やっぱ牡蠣は美味しいです。焼きたて、しかもプリップリッ。皆さんも宮島に来たら、これはマスト(must)ですぞ。それに、朝から飲むビールがこれまた美味い!小原庄助(おはらしょうすけ)さんの気持ちが分かります。※意味が分からないという方は、今すぐ隣のオジサンに聞くか、Web.で調べてね!

https://goo.gl/maps/mnWaEGqBbij8UTvv8

ほろ酔い気分で、野生の鹿さんたちに話しかけたりしながら、怪しげなオジサン、桟橋に到着です。再びフェリーで「宮島口」へ。 そして、“旅の本題であるB級グルメ”探訪です。

うえの

2010年5月13日(木) 今日の昼飯 は・・・

広島・宮島口 「 うえの 」 

あなごめし(並) ¥1,470

まずは、“あなごめし”と“うえの”についての説明です。

あなご飯」とは広島県の瀬戸内地域の郷土料理である。本来は、瀬戸内の漁師料理が発祥とされる。 アナゴの旬は1月中旬と夏。特に1 月中旬のものが最高と言われている。

瀬戸内のアナゴを蒲焼きにし、「うな丼」のように盛りつけて食べる。 駅弁としても有名で、宮島口駅や広島駅で購入可能。特に、宮島口駅近くの「うえの」では駅弁の種類を増やさず、「あなごめし」一本で商売を行っている事で知られる。昔から、地元の地御前産で、網でなく一本釣りで釣れた穴子だけを直接漁師から買い付けている。

また、上記「うえの」では駅弁の他、店内であつあつのあなご飯を食べる事が出来る。※Wikipedia

「あなご」だけあって「うなぎ」よりさっぱりとした味わい(どっちかと言うと当り前かな?)で、「牡蠣」の後の正式な?昼食には最適でした。が・・・この店は、長蛇の列で有名なので、少し時間がかかり、程よい時間間隔がとれると予測していましたが、思いのほか・・というか、小生がここでも一番乗りで、すぐ食すことが出来ちゃいました。その分、小生の胃袋くんにズッシリきたのは、言うまでもありません。

https://goo.gl/maps/nXG5cjp5AihT2pLJ6

でもこの後、とても重要な『B級グルメ』がすぐ控えているのです。・・・ということで、

高津堂

2010年5月13日(木) 今日の昼飯後のデザート は・・・

広島・宮島口 「 高津堂 」 

元祖もみぢまんじゅう @¥100

皆様ご存知の「広島のもみじ饅頭」。その元祖店を訪ねました。

もみじ饅頭は、饅頭の一種であり、広島県の厳島(宮島)の名産品である。

もみじ饅頭を発案した人物は明治後期の厳島(宮島)の和菓子屋「高津堂」和菓子職人、高津常助とされている。島内の名所・紅葉谷の旅館「岩惣」には、当時伊藤博文やヘレン・ケラーら国内外の要人が多く投宿していたが、この岩惣に和菓子を納入していた高津は、宿の仲居(おまんという名だという)から「紅葉谷の名にふさわしい菓子が作れないか」と依頼され、試行錯誤の結果1906年(明治39年)に「紅葉形焼饅頭」を完成させた。(※また一説によると、伊藤博文が「宮島」に来た折、茶店の娘の手を握り「紅葉のような可愛い手、食べてしまいたい」とセクハラチックな行為に及んだところを見た「岩惣」の女将が高津常助に依頼して作らせた。という説もある。)

現存している初代の焼き型。 コンビニ店内に展示されています。

4年後の1910年7月18日には商標登録しており、この商標登録証は子孫の元に残っている。なおこのとき登録された焼き型は「7つの切れ込みのある葉に短い葉柄がついたもの」であり、今日のもみじ饅頭とは趣が異なるが、しばらくして高津はより現在の形に近い焼き型を使い始め、この型は現存している。呼び名も、常助の代にはすでに「もみじ饅頭」と呼ばれ始めていたと本人が子孫に語っている。※Wikipedia

そして、この元祖店「高津堂」にも、この後、大きなドラマがあったのです。

元祖である高津堂のもみじまんじゅうは戦時中に廃業となってしまい、今は多加津堂というコンビニ(デイリーヤマザキ)となっているのだが、 もみじまんじゅう考案者の孫にあたる今の主人が、子供の頃からの夢であった紅葉形焼饅頭の店を2009年7月18日にオープンさせた。※ もみじ饅頭屋の屋号は「高津堂」です。

コンビニの横にある「もみじ饅頭」製造工場?

上の写真にあるように、コンビニ(デイリーヤマザキ)の横にある工場?で作ったものを店内で販売するという売り方で、お土産用がメイン(※バラ売りあり)。

もちろん「イートイン」などの場所はなく、困った小生は、女将さんらしき人にお願いをして、撮影用にディスプレイをして頂いた上、レジ台の端で、お茶付きで食べさせて貰いました。味は「もみじ饅頭って、こんなに美味しかったかな?」と思わせるほど品の良い味で、感激した小生が、お土産用の箱売りを多数購入したことは言うまでもありません。

https://goo.gl/maps/94JtK4gFZAWpzJkr5

「もみじ饅頭」の箱を抱え、JRで「広島」に戻ります。時刻は未だ正午前。時間はたっぷりあります。午後は広島市内の観光です。でもその前に、この荷物をホテルまで。

ここで初めて気づきました。「しまった!宅配をお願いしておけば良かった!!しかもコンビニなんだから・・・」“後悔先に立たず”・・・小生の人生そのもの?ムムム。

<2日目-1 終了>

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