<2日目-2> 2010年5月13日(木)
ホテルに戻り、宅急便サービスを依頼して、再び街へ。広島のファッションの中心、「並木通り」「本通」を通って、アストラムラインを使って、『広島城』に向かいます。
◎広島城 ※観覧料 ¥360 (ちょっと中途半端な金額)


戦国武将の毛利輝元が、1959(天正17)年に築城。天守閣は1945年に原爆によって全壊したが、1958年に再建された。
別名を『鯉城(りじょう)』という。一説にはこの付近一帯が己斐浦(こいのうら)と呼ばれ己斐(こい)の読み方が鯉に通じることから呼ばれるよ うになった。またこの別名から「広島東洋カープ」のチーム名が付けられた。 ※Wikipedia
◎平和記念公園
今回の旅Bの“観光部門”でメインに位置付けられる大切な場所。それだけに事前に綿密なコース設定をして、見逃しのないよう、しかも効率的に回ります。そのコースは・・・
1.原爆ドーム→2.爆心地→3.原爆の子の像→4.平和の鐘→5.平和の時計塔→6.原爆死没者慰霊碑→7.国立広島原爆死没者追悼 平和祈念館→8.広島平和記念資料館
1. 原爆ドーム


元安川沿いに建ち、核兵器廃絶と恒久平和を求める誓いのシンボルとして被爆当時の姿を今に伝えている。1966年に世界遺産に登録された。※Wikipedia
2. 爆心地

相生橋の南西、島病院と考えられている 最新の調査では、現在の島外科の南側、大手町第3駐車場の上空高度580メートルが爆心とされている。※Wikipedia
この爆心地とされている駐車場の横にイタリアンレストラン「ズッキーニ」があったので、早速入り、 ビールを飲みながら、窓から上空を見上げ、「空間軸が合っているので、これで時間軸が合っていれば、自分の頭の上で原爆が炸裂する。」と摩訶不思議なことを考えている小生でした。


3. 原爆の子の像

被爆により白血病を発症し、12歳で亡くなった佐々木禎子(ささきさだこ)さんと、原爆の犠牲となった多くの子どもたちを慰霊するために建てられた。※Wikipedia
小生は、誰に何を言われようと?“子ども大好き人間”です。ですから、こういう悲劇の場所にいると、無意識に熱いものがこみ上げてきてしまいます。「男の涙を潔しとしない」古いタイプの小生としては、そそくさと退散です。
4.平和の鐘

5.平和の時計塔

6.原爆死没者慰霊碑 ―あまりにも有名です。


7.国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

8.広島平和記念資料館 入館料 ¥50

https://goo.gl/maps/kcdCmhDUEnzBdSuT9
かなりインパクトの大きな展示物が数多くあることは知っていたので、それなりの心構えと緊張感をもって入館しました。

テレビ等で情報としては知っていましたが、実際に目の当たりにすると、その衝撃はかなり大きく、「人の、生命に対する権限はどこまであ るのか?」・・・考えさせられます。ただ、小生的には割と冷静に受け止めることができ、自分の意外な人間的冷たさも同時に感じた訳です。 そして、最後のコーナーあたりにさしかかり、かなりのスペースを割いて展示されている、『あるモノ』に目が留まりました。
そこは、「原爆の子の像」の佐々木禎子さんの遺品が飾ってあるコーナーです。
佐々木禎子さん。2歳の時被爆した佐々木禎子さんは、幸いけがもなく、元気で活発な少女に成長しました。ところが、10年後の小学校6年生の時に突然白血病と診断され、8か月間の闘病生活の後、1955(昭和30)年10月25日に短い生涯を終えました。禎子さんは「鶴を千羽折ると病気が治る」と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の鶴を折り続けました。病気を乗りこえ、懸命に生きようとした「サダコ」の物語は、ヒロシマの悲劇の象徴として、日本だけでなく海外でも広く語り継がれています。※Wikipedia

その小さな折り鶴をじっと見つめていると、ふいに熱いものが溢れてきて、映画『夕凪の街 桜の国』の麻生久美子が演じた平野 皆実(ひらの みなみ)の姿も重なり、人目もはばからずポロポロと涙を流してしまいました。(※決して、“歳をとってくると涙もろくなる”オッサン的傾向ではありませんよ。)
)彼女は、こう思っていたに違いありません。「もっとたくさん折れば、もっと小さく折れば、きっと神様は奇跡を起こして下さり、私に生きることを許してくれる。」そんな少女の必死な願い、悲しみ・・。切なくて、切なくて・・・思わず泣いちゃいましたよ。
ここ「平和記念公園」も「宮島」と同じく、いやそれ以上に『修学旅行のガ〇どもと欧米のケ○○どもがワンさかと大勢いて、小生たち善良 な一般観光客を圧倒しています。『平和のテーマパーク』は修学旅行の教育的課題にはぴったりだし、欧米人の“平和を愛する民族”的な満 足度を満たす観光題材でもあるし、仕方ないのかもしれません。
ただ、欧米人の中には、小生のように“涙を浮かべて、じっと見つめている”人も多数見かけ、「おまえんちが原爆落したんだろ?どうして くれるんだ!」と因縁を吹っかける気持ちも段々と薄らいできます。
でも・・・修学旅行はいけません!最近の修学旅行や遠足は、さながら「ウォークラリー」か「スタンプラリー」のようで、子どもたちは、 先生から渡された『問題集』を片手に、観光地を走り回って、その場所へ行き、ただ答えを記入する・・・こんなんで良いのか?先公達よ! これが修学旅行における現在の教育の姿なのか! 答えが何か?ではなく、そこで何を感じたか?が大切なのではないか!こんなことで、明 日の日本は大丈夫なのか???? ちょっと心配になります。

一人の先生に「最近の修学旅行は大変ですね。先生も生徒たちも。」と嫌味で尋ねたのですが、「ええ、そうなんですよ」とぬけぬけと、しか も間抜け面でお答えになる始末。『呆れてものが言えない』とは正にこのこと。・・・ホント疲れた。一旦部屋で休もう・・・
と平和大橋を渡り、やはり徒歩でホテルまで。時間は現在16時15分。夕食にはまだ早い・・
でも、寝ている場合ではありません。そうです。昨夜、夜食の予定が狂い、“広島つけ麺”の「ばくだん屋」は完了しています。
それに代わるものはないのか?・・・そう言えば、街歩きをしている途中で何度も見かけた『坦々麺』の文字。・・・「広島」と「坦々麺」。 そこには関連があり、何かがそこに隠されているのか?・・・
早速携帯で検索です・・・そしたら・・・ありました、ありました!そこで、夕刻再び広電で「舟入幸町」までお出かけです。
きさく
2010年5月13日(木) 今日の軽い晩飯 は・・・
広島・舟入幸町 「 きさく 」
汁なし坦坦麺 ¥480


今広島では、この“汁なし坦坦麺”が人気とか。でも、広島人って、ホント辛いものが好きなのね。「広島つけ麺」といい「汁なし坦坦麺」 といい、小生のFavouriteなものばかり。ここで、コピーがひとつ浮かびました。『うれし・からし・平和の街、広島』・・・大変お粗末でし た!
中国四川省でいう「担担麺」は、一般に日本で俗に言う「汁なし担担麺」のことである。ご飯茶碗程度の小さな碗に入れて売られる事が多く、一杯あたりの量は少ない。小腹が空いたときに食べる中国式ファーストフードの一種と考えられている。
麺は一般的にストレートの細麺で色は白い。味付けは、ラー油、塩、花椒(山椒の同属異種=華北山椒、果皮を香辛料として利用している。)芝麻醤(チーマージャン=中華料理の調味料のひとつ。ねりごま)がベースで、少量の酢や醤油などを合わせる。この辛い液が入った碗に、ゆでた麺を入れてから、具を載せる。
具は一般的に豚肉のそぼろで、薬味には刻みネギ、もやし、刻んだ「川冬菜」という菜の漬物、エンドウの芽、刻んだピーナッツ、揚げた大豆などが添えられる。混ぜてから食べる。
中国各地の四川料理店で食べられるが、上海など、辛いものを食べ慣れていない地域では、辛さを控えて出す例がある。
もともと、天秤棒を担いで売り歩いていた料理であり、スープを大量に持ち歩くのは困難であったことから、「汁なし」が原型である。スープが十分に入ったものは、日本において普及した担担麺である。しかし、
現在では中国大陸の四川料理店でも、スープのある汁麺を用意しているところも存在する。 「きさく」は広島にこの「汁なし坦坦麺」をひろげたお店である。※Wikipedia
また、「きさく」のメニュー表の中に、こんな一節を見つけた。
丼の底にタレ、その上に麺、豚ひき肉、ネギを載せるこの料理は、まず混ぜることが大切。四川で学んだ主人は「数十種類の具材が入っているので、混ぜることでおいしさが発揮される料理。」とうまさの秘訣を話す。※メニュー表より

注文する時に、「小生は、CoCo壱番屋では10辛ですので・・・」とご注意申し上げたのですが、小生にとっては、かなり甘いものとなってしまいました。舐めやがって!隣で汗まみれになってフーフー言って食べているオジサンたちが羨ましい。
少し時間をおいて、ホテルから左程遠くないB級グルメの有名店で、今晩の飲みです。
ホルモンキング
2010年5月13日(木) 今晩の飲み は・・・
広島・平塚町 「 ホルモンキング 」
ホルモンバーグ+焼き肉&生ビール


ここの人気は、何と言っても“ホルモンバーグ”。テレビ東京の「B級グルメ番組」で1位をとったことのある超有名品。では、“ホルモンバーグ”とは?・・・読んで字の如くではありますが、簡単に説明です。
これはミンチやホルモン、ミノなどを使用したハンバーグで、ホルモン特有のコリコリとした食感とうま味を味わうことができる。
もともと同店のオープンにあたって、目玉となるメニューを開発しようとしたのが誕生のきっかけ。「他店にはないものを」というコンセプ トのもと、ホルモンでハンバーグを作ることを思い立ち、何度も失敗を重ねて完成させた。
2009年4月の開店当時から店頭で販売していた が、クチコミで人気が出始め、6月からネット販売を開始。関東圏からの注文も増え、テレビ番組でも大きく取り上げられた。※Wikipedia
さて、その“ホルモンバーグ”の感想は・・・コリコリとした今まで食したことのない食感で、あっさり系ではあるものの、しっかりした味わいがあり、“美味しい”と言えるでしょう。が、噂ほどの驚くような美味さはなく、「あっ、これネ。」という感じでした。

あと、「カルビ」「レバー」は、安くはあったのですが、極々普通で、「ホルモン」は、店名に冠してあるように、なかなかの代物(しろもの)。全体的に満足のゆくものとなりました。でも、ここの名物は、何といっても『ここの社長・合田さん』です。
この日は、何やら電話応対に追われているようで、忙しくしてらっしゃいます。が、合い間合い間に、カウンターにどっかと座って食べている小生に何かと話しかけてきます。(※テーブル席は満員でしたが、カウンターは小生ひとり・・だからかな?)
合田社長は、地方のテレビ等でかなり有名な方らしい。容姿は、上の写真のイラスト通り。夜の街ですれ違っても、決して顔は見られない程の迫力満点の面構え。顔では笑っているが、目は決して笑ってない。(※話の途中で、小生はそのことに触れ、「夜の街で声をかけられたら、絶対走って逃げますネ」と言ってやりましたが、その時にはそんな冗談が言えるほど親しくなっていましたし、誰にでもそんな雰囲気を醸し出す魅力的な人柄の方です。)で、話し込んだ(※とは言っても、社長さんの一方的な話ではありますが・・)内容をまとめてみますと、
- ① 以前は、マツダの工場に人を派遣する会社を経営していた。
- ② この不況になり、食いっぱぐれのない「飲食業」に転向した。
- ③ 「飲食業」でも、魚介関係だと“客が来なければ、腐って捨てなければならない。”
- ④ 焼き肉屋なら、肉を冷凍しておけば良い訳で、損害が少ないと踏んで開業した。
- ⑤ 開業するにあたり、一味違ったものを打ち出したかった。→その結果、“ホルモンバーグ”が生まれた。
- ⑥ 店の場所は、家賃の高い繁華街は避けて、少し淋しいが、有名になれば、客の方から探してやってくる、この場所にした。→思惑通りになっている。
- ⑦ このあたりには、ヤ〇ザの組事務所が多くあり、変な客が来ないのも良い。 →来る時にそんな雰囲気で嫌だなと思いましたが、やっぱりそうでしたか。
- ⑧ 今晩電話が多いのは、関西地方で、ここを紹介した番組の再放送があったためで、問い合わせが殺到している。こちらに何の事前連絡なしなので、体制が整っていなく迷惑している。→“ホルモンバーグ”の通販は、1か月待ちだとか。
と、ざっとこんな感じでした。でも、この「合田社長」に逢いに行くだけでも良いと思いますヨ。「ホルモンキング」頑張れ!焼き肉屋日本一も近い!!!
こうして、長かった2日目も終了です。・・・早めに寝ましょう!
<2日目-2終了>



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