出張Bレポート <福井>

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2010年4月10日(土)金沢セミナーも無事終了し、今日は『休日扱い』で帰京予定です。そこで、何故か「福井経由」で小松空港へ向かうことと致しました。※もちろん自腹。

2010年4月10日(土) 今日の昼飯 は・・・

福井・片町 「 ヨーロッパ軒総本店 」 

カツ丼セット=元祖ソースカツ丼 ¥1,050

以前にもご紹介しましたが(※さすらい地元めし100313参照)「ヨーロッパ軒」の“カツ丼”は『カツ丼の起源』になったもので、由緒ある?超有名店です。では、「ヨーロッパ軒」について解説です

「大正年間に東京は早稲田大学向かいの鶴巻町にあった洋食店『ヨーロッパ軒』(1913年開店)の初代・高畠増太郎が、1913年に東京の料理発表会で披露し、1917年頃には東京・早稲田の店で提供していた」というものが記録されている最古の情報となり、伝聞や自称、推測などの不確定な説を除いた場合、現時点では1913年の東京・早稲田のヨーロッパ軒(高畠増太郎)がカツ丼の最初とされる。※Wikipedia

また、店側からの情報でも以下のような記載がある。

創業者、高畠増太郎がベルリンの日本人倶楽部で6年間の料理研究の留学を終え、明治45年に帰国。ドイツ仕込みのウスターソースを日本 人の味覚に合うよう苦心を重ね創案し、翌大正2年東京で開かれた料理発表会にて日本で初めて披露したのが「ソースカツ丼」。カツ丼の起 源となった。※店HPより

どうやら、「カツ丼の起源」であることは間違いなさそうで、その数年後に、我々の言うところの「玉子とじカツ丼」が『三朝庵』で誕生し たのである。

高畠が興した鶴巻町のヨーロッパ軒は1923年9月の関東大震災により被災し、再建不能となる。これをきっかけに彼は出身地である福井県 に戻り、同地にて1924年1月ヨーロッパ軒を再開し、高畠が考案したカツ丼も提供された。このことで、福井県ではヨーロッパ軒を中心に 名物料理として広まったと推測される。暖簾分けや支店の開設をした同店グループを中心にカツ丼が広まった結果、現在でも福井県では「カ ツ丼」とは当たり前にソースカツ丼のこととされ、近代一般的な卵を使用した変形カツ丼は「卵カツ丼」「上カツ丼」と呼ばれている。※Wikipedia

ソースの味は、やはり歴史を感じるもので、香辛料なのかピリリとした刺激があり、普通のウスターソースとは一線を画したものです。けっ こう美味しいです。『カツ丼の起源』達成で、大変満足の道草となりました。

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