<1日目-1> 2011年9月17日(土)
再びJR両毛線を10分ほど西進します。午後2時30分過ぎ、「足利」に到着です。
足利市(あしかがし)
栃木県南西部にある市。古くは足利庄が栄えて清和源氏義家流・足利氏発祥の地としても知られ、フランシスコ・ザビエルが「坂東の大学」と呼んだ有名な足利学校がある。
1990年の16万8,217人をピークに人口減少が続いている。県庁所在地である宇都宮市に次ぐ規模を誇っていたが、2005年国勢調査にて小山市に抜かれ県内3番目となった。現在の人口は154533人。あしかがフラワーパーク等により平成13年は263万人だった観光客入込数が2005年には301万人に増加している。※Wikipedia
解説によると、“人口は年々減少している”とのこと・・・市内にある、親会社の営業店の先行きが心配ですが、そんなことは、小生ごときが考えることではありません。ましてや休日利用の“徘徊人(はいかいびと)”である今の小生にとっては・・・『あっしには関わりのねぇこって』です・・・
フ~ン?確かこの台詞(せりふ)は?・・・と思ってる方がいらっしゃると思います。(※いない、いない!あんただけ!!)・・・そうです。1972年1月1日よりフジテレビ系列で放送された時代劇ドラマ『木枯し紋次郎』。その主人公「紋次郎」が、決め台詞にしていたもの。当時の流行語にもなりましたネ。この足利市の隣町「群馬県太田市新田(旧新田郡三日月村)」が主人公の生まれである、ということから、少し遊んでみたまでです、ハイ。
かなり暑い1日となっていますが、観光地「足利」の観光スポットを数か所訪ねます。 まずは、「足利」といったら・・・室町幕府を開いた「足利尊氏」。その一族に関する所からです。

鑁阿寺(ばんなじ)
栃木県足利市家富町にある真言宗大日派の本山である。「足利氏宅跡(鑁阿寺)」(あしかがしたくあと(ばんなじ))として国の史跡に指定さ れている。
寺号は詳しくは「金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺(こんごうさん におういん ほっけぼう ばんなじ)」と称する。足利氏の氏寺。本尊は大日如来。 鑁阿寺はもともとは足利氏の館(やかた)であり、現在でも、四方に門を設け、寺の境内の周りには土塁と堀がめぐっており、鎌倉時代前後の武士の館の面影が残されている。※Wikipedia
平安時代初期、もしくは鎌倉時代に創設されたと伝えられる中世の高等教育機関。室町時代から戦国時代にかけて、関東における事実上の最 高学府であった。
明治初期にはほとんど建物があるだけになっており、明治5年(1872年)に廃校になった。以来孔子廟などわずかな建物を残すのみであったが、1990年に方丈や庭園が復元され、公開された。今日では足利市の生涯学習のよすがとして、足利市教育委員会によって管理されている。※Wikipedia

右:孔子廟


右:北庭園
栄枯盛衰を感じます。室町時代当時は、きっと華やかな場所であったに違いありません。が、今では人口の減少で衰退し始めている・・・
『祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり、沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。』
平家物語の冒頭の一節です。“力を持ち栄華を誇っている者でも、それは永遠ではなく必ず没落する運命にある”という引用に使われていますが、本当にそう思わずにはいられません。
「そこの偉そうにしているあんた!あんたもいずれそうなる運命なのだ!!」えっ、定年で退社?・・ですか?それはお疲れ様でしたネ・・・でも、誰のこと言ってるの?・・・・
・・・
気分を変えて、足利の美しい夕景を見に行くことにします。
渡良瀬橋(わたらせばし)
栃木県足利市のほぼ中央を流れる渡良瀬川に架かる下路平行弦6連ワーレントラス橋。
森高千里がこの橋をモデルに同名の楽曲を発表したことによって存在が全国的に知られるようになり、観光名所となっている。
橋の上より望む夕日の美しさは森高の曲に歌われるほどだが、実際の渡良瀬橋には歩道はない。西側に並行して架かる歩行者・自転車専用の橋から夕日を見ることは可能である。
橋の周囲には「渡良瀬橋」の歌碑が2007年に建てられ、碑の前に立つとフルコーラスで「渡良瀬橋」が流れる(夜間・早朝は作動しない)。※Wikipedia


「♪渡良瀬橋で見る夕日を あなたはとても好きだったわ♪」森高千里・・・いや~懐かしいですネ。当時親しくしていた?女性が大ファンで、遠い町までコンサートを見に行ったことがありますヨ。今では、俳優の江口洋介夫人として、良妻イメージで多くのCMに登場するようになりましたが、当時はアイドルとして絶大な人気を誇っていました。
でも、森高千里と足利市とは、当時何の関係もなかったのですヨ。以下その説明です。
森高が1993年に新曲をリリースする際、特にイメージが沸かず困っていた頃、橋の詞を作ることにし地図を広げ「言葉の響きの美しい川や橋」を探し、「渡良瀬川」という文字が気に入った。
森高は1989年に足利工業大学でライブを行っており、大学のある足利市内に渡良瀬橋という橋があることが分かった。その後、現地に再訪して橋の周辺を散策、そのイメージを使って詞を書いた。
この曲のヒットを受けて森高は足利市から感謝状を贈られた。また2007年には足利市の出資で歌碑が完成した。※Wikipedia


・・・
足利観光もすべて終了したので、渡良瀬橋の近くにあるお店で明日の朝食を購入です。そして、「足利」のメインイベントに移ります。もちろん「ご当地グルメ」探訪です。
ここから徒歩20分ほどの所なのですが、朝の一件もありますので、念のため、事前に電話で確かめることに。
すると・・・「すいません。今日は孫の運動会だったもので、お休みなんですヨ」とのこと。またまた“孫の運動会”ですか・・・「栃木県教育委員会さんヨ!こんな熱中症を起こしやすい暑い季節に運動会なんかやるな!ってンだ!運動会といったら10月だろ?東京オリンピックもそうだったし・・・」(※古い話で恐縮です。)
とぼとぼと駅まで戻りながら、携帯で適当な店を検索してると・・・「あっ、あった!」駅までの戻り道の途中に、ちょうどその店はあるのです。で・・・
あしかが逸品堂
2011年9月17日(土) 今日の夕方?のおやつ は・・・
栃木・足利 「 あしかが逸品堂 」
ポテト入り焼きそば ¥300

この店は、足利商工会が運営するアンテナシップ。地元特産品・お土産の売場とは区切られた場所に飲食スペースがあり、開発中のものも含め「ご当地グルメ」が楽しめます。
小生の注文は、もちろん一番有名な“ポテト入り焼きそば”。またまたの“お芋”で、またまたの“焼きそば”です。今日は1日“でんぷん満喫DAY”・・・ますます〇ブになりそうな・・・トホホ。では、その“ポテト入り焼きそば”の説明から。
ポテト入りやきそばは、栃木県足利市、群馬県桐生市周辺で見られる焼きそば。ソース焼きそばに、一口大の蒸したジャガイモが入っている。
足利市周辺では、その昔蒸したジャガイモをソース味で炒めた「ポテト」というおやつが存在したが、それとの関係は不明である。桐生市では同様のおやつは「子供洋食」(こどもようしょく)と呼ばれている。また、栃木県栃木市では「じゃがいも入りやきそば」といった同様のものが存在する。※Wikipedi

解説にある通り、栃木市の「じゃがいも入りやきそば」と全く同じものです。呼び名が違うだけのようです。
厳密に言うと、栃木市のものは、“蒸したいも”だけでなく“いもフライ”を入れる店もあるようで、ここ足利では“蒸したいも”限定となっています。そこの違いがあるようです。
が、いずれにしろ大差なく、美味しい不味いは、店それぞれの調理技術によって決まるようです。ここ「あしかが逸品堂」のものは、普通に美味しいというレベルです。栃木市のあのオバちゃんのものが、美味しすぎたとも言えますネ。
・・・
「足利」を満喫した小生、両毛線で群馬県に渡り、今日の終着地点「桐生」に向かいます。県超えをすると言っても、10分あまりの行程です。
しかし、この短い時間の中で、小生、大変なことに気づいてしまいました。それは・・「明日着る服(下着含む)がない。」ということ。あの栃木市のオバちゃんの店で着替えさせてもらって、さっぱりしたのは良いのだが、明日のことまで思いが及ばなかった・・・
『では、「桐生」に着いたら、駅前のスーパーで安いもの(下着を含む※しつこい!)でも購入しよう!』と心に決めたところで到着です。
ところが・・・「桐生」のイメージが違っています・・・駅前にスーパーはおろか商業施設と呼ばれるものは何もない・・・駅前周辺は、きれいに整備されてはいますが、かなりの疲弊度合です。『こんなことなら、足利で買っておけばよかった・・・』
仕方なく、ご禁制のタクシーに乗り込み、一番近くのショッピングセンターまで行ってもらうことに。10分ほど走ったところで「マーケットシティ桐生」というヤオコー中心のSCらしき?複合商業施設に到着です。
『宿命ですかネ・・・あんなに避けていたショッピングセンターに遂に来る羽目になってしまった・・・でも、ここでホント大丈夫?食品スーパーじゃないの・・・』しかし、その敷地の一角に「ユニクロ」を発見です。
“明日のためのモノ”を購入して、再びご禁制のタクシーで、桐生駅前にある今夜の宿「桐生エースホテル」へ。ホテルチェックインが午後6時30分。
1時間ほど休憩して、灯りが極端に少ない真っ暗な「夜の桐生」を徘徊です。で・・・
きたづめ
2011年9月17日(土) 今日の飲み は・・・
群馬・桐生 「 きたづめ 」“
中トロシロコロホルモンで一杯だ!” ¥2,450

B級グルメ番組で有名になった桐生の「焼き肉屋さん」です。
小生の狙いは、「中トロシロコロホルモン」と「大トロシロコロホルモン」。どちらも真っ先に注文です。
マグロでもないのに“中トロ”とか“大トロ”とか・・・一体何なの?そんな皆さんの素朴な疑問にお答えすると・・・
「中トロシロコロホルモン」とは、豚の小腸に網脂(あみあぶら)が詰めてあるもの で、
「大トロシロコロホルモン」とは、豚の大腸に網脂(あみあぶら)が詰めてあるもの のことです。
えっ、網脂が分からない?ではお教えしましょう。「網脂」とは・・・
牛・豚などの内臓のまわりについている網状の脂。包み揚げなどの料理で材料を包むのに用いる。※goo辞書

右:大トロシロコロホルモン ¥400

これを炭火の七輪でしっかり焼き、特製ダレをつけて食べるのです。かなり脂っこいですが、口中に美味さが広がります。(※旭川の「塩ホルモン」とは大違いです。-’11旅B夏篇Vol.2参照)
当然のことながら、生ビールが進みます。焼き上がるまでには時間が少しかかりますが、食べごろになったら・・・一気に完食です。
やはり小生の好みは「中トロシロコロホルモン」です。噂通りの美味しさです。伊達に「桐生の新しいB級グルメ」を名乗っているわけではありませんネ。そこには、えも言われね深い味わいがあります。ちなみに、ここの豚は、ブランドの『上州豚とことん』を使っているとか。(※でも、聞いたことないナ)
すると、お店のご主人が、次なるメニューをご推薦です。「上州牛マルチョウも美味しいですヨ。」マルチョウとは、漢字で書くと「丸腸」です。小腸を開かずにぶつ切りにしたもののこと。別名ヒモまたはホソとも呼ばれます。
実は小生、「マルチョウ」を食べるのは初めてですが、思うところがあり・・・注文です。
待つこと暫し、「マルチョウ」が小生の前に登場です。それを見て『ハハン、やっぱり同じだ!』と変に合点がいってしまいました。というのも、この「マルチョウ」、以前お目にかかったことがあるからです。

上州牛の丸腸(マルチョウ)¥500
銀座三越の南側にある高級焼肉店「王十里(おうじゅり)」の「ホルモン」、それと“瓜二つ”というか同じものなのです。ただ「王十里」のものは、ぶつ切りがされてなく、もっと“腸そのものの形”をしており、それを焼きながら段々食べやすい大きさに切っていくというものです。
脂が多い分、火炎が上がりやすいので、「王十里」では絶対お客には触らせない対応をしています。小生のように勝手にいじくり回し、焼網の上に大きな火柱を上げてしまうと、女性授業員に「アンタ、何シテルか?ダメだよ!」と中国なまり(※ハングルなまりではありません。)で叱られてしまうことになるのです。
でも、ここ「きたづめ」では、全てセルフになっており自分で焼かなければなりません。ただ、お店の方から「火が出やすいので、なるべく隅の方で焼いて下さいネ」と注意を受けましたが・・・

が、せっかちな小生は、早く焼き上げようと中央へ中央へ移動させてしまいます。当然のことながら、大きな高い火が七輪の上に出現します。
お店の人が、慌てて焼き網に氷を置き鎮火させます。(※「王十里」の場合は、従業員が氷を上手に使って焼き上げていきます。)そんなことを繰り返しながら、やっと食べごろになってきたようです。
とろけるような食感と濃い味わい・・・素直に美味いです。でも、正直言って、「王十里」のものの方が断トツに完成度が高いです・・・
そりゃそうでしょう、あちらは1人前2,000円で、こちら「きたづめ」は500円です。贅沢を言っては罰が当たります。CPとしては十分満足できる、美味しい焼肉屋さんです。「ご馳走さまっ!」
※閉店
・・・
ホテルに戻り、服などを準備して、明日の「デンプン攻撃」に備えて早く寝る?ことにします。「成人病、何するものゾ!明日も来い来い、デンプン・高脂肪!!」 (※あんた、やっぱ長生きはできそうにないネ・・・精一杯頑張れば・・・南無阿弥陀仏)
<今日の歩数> 30,632 ※自己新記録達成です。
<’11チョイ旅B Vol.2>終了





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