<3日目-2> 2011年5月15日(日)
再び競歩状態で「JR日南駅」に戻り、ここから、いよいよ「宮崎」までの長旅です。
鈍行列車に1時間半揺られていきます。日南海岸も見飽きたので、車窓の景色にも興味が持てません。退屈な時間となりそうです。

こんな退屈な気だるさの時間の中でも、小生が「宮崎」に来て以来、薄ぼんやりと感じていた、“ある事実”について、ついに確信を持つに至ったのですが、その“裏付け”ともいえる事件について、ここで述べてみたいと思います。
“ある事実”とは、『宮崎県に住まう全ての人々は、ひじょうに、ひじょう~に、のんびりしている』ということ。
このことは、静岡人を始めとする暖かい土地に生まれ育った人々に共通する特徴ですが、ここは特に顕著です。“慌てる”ということを知りません。
一昨日、昨日の路線バスでも、そうだったのですが、「宮崎行」のこのワンマンカーの鈍行列車でも同じ現象が起こっています。
それは・・・『降りる客は、電車が駅に停車しドアが開いてから、後の車両からドヤドヤとやって来て(※ワンマンカーは前降りが常ですから)それから運転手さんに料金を聞いて(※料金を表示する電光板があるにも拘わらず、です。)、尚且つ財布から紙幣を取り出し両替して、やっと支払い降りていく・・・』
これは、何もお爺さんお婆さんに限ったわけではありません。驚くことに、若い人たちも男女に拘わらず、皆そうなんです。
駅に着く前に、車内放送で「お降りの方は、料金をご用意して頂き、前の車両にご移動願います。」と繰り返し繰り返し案内していることを完全無視です。
しかも、小生を驚愕させたのが、そんな不届きな輩たちに対し、誰も注意をしませんし、ごく当たり前のことのように、穏やかな表情で待っている他の乗客たちのことです。
東京なら、おニイさんかオッサンにどやしつけられることは確実です。上京したての田舎者が『東京は怖い・・』という所以がここにあるわけです。田舎者の皆さん、お気をつけ下さいネ。
それにしても、大らかというか何というか、驚きの光景です。当然、列車はその度遅れていきます。信じられません。せっかちの小生は、ここに暮らすことは100%無理です。
『宮崎の皆さん、一生この地でのんびり生きて下さい。そして、間違っても東京に出てくることがないように。あなたたちは、都会では障害物にしかなりませんから・・・』
・・・
「南宮崎」で乗り換え、「宮崎駅」に14:23到着です。そこから、今『旅B』最後の観光スポット「フェニックス・シーガイア・リゾート」に路線バスで向かいます。
・・・
宮崎県宮崎市山崎町浜山にあるリゾート施設。現在の正式名称は「フェニックス・シーガイア・リゾート」。名称は、英語で海を意味する「Sea」と地球を意味する「Gaia」を組み合わせた造語。
「観光県・宮崎」の復興を目指して、総合保養地域整備法(リゾート法)の第1号指定である「宮崎・日南海岸リゾート構想」の中核施設「宮崎シーガイア」として建設された。官民一体の巨大プロジェクトで、運営会社はフェニックスリゾートで、宮崎県や宮崎市が出資する第三セクターとして設立された。
総事業費二千億円で建設されたが、利用客数の低迷もあいまって、毎年200億前後の赤字が発生した。2001年2月に、第3セクターとしては過去最大の負債3,261億円で会社更生法の適用を申請した。新たな支援企業が探されたが、接触してきたのは外資が中心で、同年6月に、アメリカの投資会社リップルウッド・ホールディングスが162億円で買収することで合意が成立した。
2007年3月期決算の営業利益が2億2200万円となり、1993年の施設オープン以来初の営業黒字となったが、中核施設のオーシャンドームが2007年9月30日に閉鎖された。 ※Wikipedia
かつては「宮崎」を代表する一大観光リゾートエリアであったのですが、日本経済のバブル崩壊の波をもろに受け、一度潰れたのは新聞等でも周知の事実です。が、それを引き継いだ現在の管理会社の地道な努力により、少しずつ改善されつつあるようです。
明るい兆しが見えてきた、その「シーガイア」の中核施設、ホテル『シェラトングランデ・オーシャンリゾート』にまず侵入です。

この広大な地域を一望するためには、高い所に登ってみるのが一番です(※バカと煙は高い所に上がりたがる、ですネ)。この種のリゾートホテルには、展望フロアがあるのが常だからです。
・・・と、エントランスに一人のホテル・ウーマンが立っています。こちらを見て、ホテル関係者独特の笑顔と物腰で、小生に声をかけます。「いらっしゃいませ。」「あの~、展望台はあるんですか?」「いいえ、当ホテルにはございません。」「あ・・そうですか・・・」「でも、最上階はホールになってございますので、そちらから一望できます。どうぞ、構いませんからお上がり下さい。」「そうですか。ありがとうございます。」さすが更生急ピッチのホテルです。物見遊山のお客に対してもこの対応です。
中に入ってみますと・・・確かに立派な南国リゾートホテルです。世間のおネエさん大満足のルンルン気分満載の華やかな場所です。『小生の泊まるビジネスホテルとは随分違うナ・・・』でも、小生、何の興味も湧かないので、さっさとエレベーターに乗り込みます。
43F最上階は、天空のホール「エル・シエロ」。ホールとは名ばかりで、完全な結婚式場です。人っ子ひとりいませんが、何故か厳かな雰囲気も漂っています。そこに無遠慮にズカズカと入り込んで、辺りの眺望を満喫です。


何とも広い・・というか広過ぎるリゾート施設・・・日本離れしています。敷地内にはゴルフ場、テニスコート等のスポーツ施設やスパ施設、さらにマリンスポーツも体験できるようで、小生の人生には、あまり関わりのないことのオンパレードです。
この後、近くを散策と考えていたのですが、あまりに広大で、その気持ちも完全に失せてしまいました。
と同時に、ここの南国ムードに酔ったのか、何故か無性に「宮崎マンゴー」が食べたくなり、ホテル内のラウンジに向かいます。 (※やっぱりそうですか…あなたの中には食欲以外何も存在していないのですネ)
・・・しかし、案内係の方に聞いても、このホテル内には「マンゴー」を提供している店はないとのことです。でも不思議です。こんな南国チック・フルスロットルの場所で、ですヨ。仕方ないので、南国パラダイス気分漂うホテル1Fの“カクテルバー”で休憩です。
PACIFICA(パシフィカ)
2011年5月15日(日) 今日の休憩 は・・・
宮崎・シェラトングランデ・オーシャンリゾート 「 PACIFICA(パシフィカ) 」
日向夏みかんジュース ¥580


“カクテルバー”のお店ではありますが、この後まだまだスケジュールがありますので、お酒は止めておきます。その代わり、この宮崎に相応しい“日向夏みかんジュース”で、南国ムードに酔いしれます。・・・??
日向夏(ひゅうがなつ)は、ミカン科ミカン属の常緑低木の柑橘類。果実を食用とする。
原産地は宮崎県で、1820年に宮崎市の真方安太郎の邸内で偶発実生として自生しているのが発見された。発見時には酸味が強く、食べられ ることはなかったが、その後に広く栽培され始めた。
現在は宮崎県以外(高知県、愛媛県、熊本県、静岡県伊豆半島、神奈川県西部など)でも栽培されているが、他県では小夏(こなつ)や土佐小夏(とさこなつ)、ニューサマーオレンジという別称で出荷されていることが多い。
ヒュウガナツはユズが突然変異したものと考えられており、 6月頃に成熟する果実は温州みかんよりやや大きく、 表皮は黄色で厚さがあり、果肉は酸味があり甘さが控えめで独特の風味が強い。 どちらかというと、グレープフルーツやレモンの味に近い。 表皮はウンシュウミカンと比べるとでこぼこが少なく、のっぺりとしている。
なお他の柑橘類とは違い、果実の表皮における白い部分(内果皮、アルベド)もそのまま食べられるので、 皮の黄色い表面(外果皮)だけを薄く剥いで食べるほうがよい。 この白い部分はふかふかとした食感であり、苦みや渋みはない。※Wikipedia
ちょうど今からが旬のようで、宮崎のあちらこちらで販売されているのを見かけます。その搾りたてをこの雰囲気の中で頂きます・・・
甘酸っぱい味は、想定内というよりずばり真ん中ストライクで、ごく普通の美味しさです。まあ・・・若い女性客二人がカウンターでカクテルを楽しんでいる横で、このジュースを味わうのもまた一興です。
しかし、小生の頭の中は、“日向夏”に触発されて“マンゴー”一色となっています。『どうにかして、本物のマンゴーにお目にかかれないものか・・・』 (※ああ、やはり思った通り“ストーカー的しつこさ”だ。)
・・・
「シーガイア」も1時間ほどで切り上げ、再び路線バスで「宮崎の橘通り」に戻ります。そう、宮崎市の中心街に1日ぶりに帰還です。時刻はちょうど17:00。今『旅B』最後のターゲットに向かいます。で・・・
東京庵
2011年5月15日(日) 今日の夕飯 は・・・
宮崎・中央通3 「 東京庵 」
冷汁(ひやじる)定食 ¥850


この店は、あの「にくまき本舗一番街店」のほんの近くにある蕎麦屋さんです。しかし、いくら店名が「東京庵」という名のお蕎麦屋さんで あっても、宮崎で蕎麦を食べる気はありません。郷土料理の“冷汁”を狙っての訪問です。
冷や汁(ひやしる、ひやじる)は日本料理。宮崎県・埼玉県・山形県など日本の各所にて同名でそれぞれ別内容の料理や、別名ではあるが内容が類似している料理が存在する。
古くは鎌倉時代の「鎌倉管領家記録」に「冷や汁」の記述が見られるが、このような「冷や汁」と称される、味噌を調味料とした料理が僧侶等によって全国に流布され、以後、気候風土が適した地域のみに残ったとされる。
現在「冷や汁」と呼称される料理の中では、宮崎県の冷や汁が「鎌倉管領家記録」の冷や汁に一番近いものとされる。
元々は「農民食」「陣中食」と呼称され、忙しい農家の食事として簡単に調理でき早く食する目的の料理であったが、第二次世界大戦以降に各家庭で工夫し手間のかかる料理へと移行していった。
昭和40年代までは宮崎平野地域を中心とする郷土料理であり、宮崎県北地域や県西地域ではほとんど食されていなかったが、近年の食文化の拡大に伴い、県内広域で食されるようになってきていることが、各種調査の結果から判明している。
一部では「冷やし汁」と表記・呼称されることもある。いわゆる「味噌汁ぶっかけ飯」の一種。農山漁村の郷土料理百選として「宮崎県の料理」に選ばれている。健康食としてのイメージも高く、食欲の落ちる暑い夏の夏バテ対策としても食べられている。※Wikipedia



いや~、予想よりはるかに、というよりメチャ美味です。“味噌汁ぶっかけ飯”とか“豆腐・きゅうり”とか、あまりにも簡単な素材で、味付けもかなり粗野なものを想像していましたが、皆さん、さにあらずです。あまりの美味さに頬が落ちそうです。
鎌倉時代からの長い年月を経て、完成度が究極まで高まったのでしょう。パーフェクトな味わいです。汁のやや濃いコクのあるものに、豆腐やキュウリ、しそが味を整え、丁度良い味加減です。今『旅B』最高のご当地グルメです。最後の最後に大満足です。
※閉店
・・・
しかし、小生、最後にこれだけの満足を得ても、「マンゴー」が頭から離れません。食後のデザートにもちょうどイイ、と考え、近くの“ある店”を探します。「フルーツ大野」と言う名の有名店です。

ぶたらっこ
旅行ガイド書によると、4月から8月には、宮崎産完熟マンゴーをまるごと使ったパフェが食べられるとのこと。小生の今のニーズにジャストフィットです。まだまだ時間もあるし・・・ウキウキ気分で店の前に。
が、愕然!今日はお休みでシャッターが固く閉まっています。ガイド書をよく見ると、“日曜日休日”と小さく表記されています。残念至極!!・・・仕方ない。
しかし、まだ諦めきれず、駅の観光案内所で尋ねてみようと考え、大急ぎで路線バスに乗り込みます。
・・・
案内所のおネエさん曰く「この近くでは、はやり“フルーツ大野さん”ですネ。そこがお休みということであれば、他はかなり遠くなってしまいます。・・・あっ!(と思い出した様子)宮崎空港にありますネ。そこがよろしいのではないでしょうか。でも、マンゴーの果実そのものではなくソフトクリームになっていますが・・・」「ソフトクリーム?・・・ムムム」「でも、若い女性にとても人気があるそうです。」「・・・・・」
とりあえず行ってみようか。いずれにしろ空港まで行かなければならないし・・・というわけで、早めに「宮崎空港」まで行ってみることに。
もちろん、今回はJRの宮崎空港線で、です。やはり、あっという間の到着です。

一昨日の30分かけてのバスは何だったのでしょうか・・・今更ながらの後悔ですが、今一番小生の心を占めているのは・・・「マンゴー」です。一目散にお店に向かいます。
カンナ
2011年5月15日(日) 今日の少し間隔の空いた食後のデザート は・・・
宮崎空港 「 カンナ 」
マンゴーソフトクリーム ¥550


宮崎空港2Fの出発ロビーにあるパーラー風のお店。“マンゴーソフトクリーム”が有名。以前には、マンゴーそのものを提供していたそうですが、現在はメニューにありません。 “マンゴーソフトクリーム”が人気になり過ぎたことが原因で消滅したものなのか?・・・いずれにしろ、「マンゴー」の説明から。
マンゴーは、ウルシ科マンゴー属の果樹、またその果実。菴羅(あんら)、菴摩羅(あんまら)ともいう。
原産地はインドからインドシナ半島周辺と推定されている。インドでは4000年以上前から栽培が始まっており、仏教の経典にもその名が見 られる。現在では500以上の品種が栽培されている。
インド・メキシコ・フィリピン・タイ・オーストラリア・台湾が主な生産国で、日本では沖縄県・宮崎県・鹿児島県・和歌山県・熊本県で主に栽培されている。
日本では露地栽培により果実を実らせることが難しいため、農家ではビニールハウス栽培を採用している。ハウス栽培を行う目的は高い気温の確保ではなく、マンゴーの開花時期が日本の雨季と重なるため、水に弱いマンゴーの花粉を雨から守ることで受粉をさせ、結実させるためである。※Wikipedia
・・・
宮崎マンゴーは、昭和60年(1985年)JA西都からはじまりました。既にブランド化されていた沖縄のマンゴーの栽培を宮崎県でも取り組みたいという数名の生産者の夢と志のスタートでありました。
昭和61年に2戸が、翌62年にようやく苗がそろい8戸が栽培を始めることになりましたが、苦難の連続。果実に黒斑が入る病害に悩まされ、8年ほどは無収入状態が続いておりました。そのうち、たまたま自然落下したマンゴーを食べてみたら、それまでにないおいしさを発見。
そこで、西都独自のネットを使った完熟マンゴーづくりに挑戦し、糖度15度以上など厳しい基準をクリアしたものだけにつけることができるブランド「太陽タマゴ」を全国に出荷するようになったのでありました。※(参考資料:Jaja Vol.6 平成17年秋号 発行:宮崎県)
この「カンナ」の“マンゴーソフトクリーム”は、ただのマンゴー味のソフトクリームではありません。大きめのマンゴーの果肉がゴロゴロとトッピングされている逸品です。人気のほどが窺えます。ぐぐっと期待が高まります!
因みに、空港1Fの到着ロビーにも、同経営と思われる「パーム」という店があり、同じ“マンゴーソフトクリーム”を商っています。

・・・確かにマンゴーに違いはありません・・・が、冷凍ものです。小生が欲して止まない「太陽のタマゴ」とは、あまりにもかけ離れた味です。所詮観光客の“慰みもの”に過ぎません。決して不味いものではありませんが、小生の期待が大きかった分、がっかりです。
こうして、落胆・意気消沈・力抜けのうちに『’11旅B春篇』は終了と相成りました。
・・・
羽田空港より自宅に到着したのが22:30。小生、帰る道々こう考えました。『宮崎マンゴー“太陽のタマゴ”は諦めよう。小生の旅は、B級グルメを追求するのが本筋。最近、調子に乗ってA級カテゴリーを度々不法侵犯する傾向が見られる。これは大いに反省すべきこと。本来の目的を見失うことになりかねない。』
『そうだ!夏篇では初心に帰ってやり直そう!いや、そうすべきだ!そうしなければならないのだ!!』 (※夏篇実施も近いということを言いたいだけなのネ・・・)
まあ、小生の決意表明はさておき、宮崎名物の「太陽のタマゴ」や「宮崎牛」は、会員の皆さんが宮崎を旅される時に譲ることにします。それに、独身女性会員の皆さんが新婚旅行で行かれることもあるかもしれませんしネ。 (※今時?誰が行くかいっ!)
<今日の歩数> 16,835
<’11旅B春篇 宮崎>完了



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