出張Bレポート <前橋>

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2010年8月31日(火)、今日は久しぶりの前橋訪問です。客先に行く前に、例によって前橋の街歩きとB級グルメ探訪です。

しかし・・・暑いです。8月も今日で終わりというのにこの暑さ・・・もっとも、この前橋という町は、岐阜の多治見(※本社KU君在住)東京の練馬(※東京営業部MB君在住)と並び、酷暑で有名。『Town in Oven,Maebashi』と命名したい程の焼かれるような強烈な日射し。(※ホント塩サバの気持ちが分かるっつうの)酷暑を何度も体験した小生でさえ顎を出す始末です。しかしながら、小生のB級グルメ探求心は衰えることを知らず益々盛んで、ここに、小生の「こころ」と「からだ」の分離が始まったのであります。エッ?痴呆の始まり??当たらずとも遠からず・・か。

ゑびす食堂

2010年8月31日(火) 今日の昼飯 は・・・

前橋・千代田町 「 ゑびす食堂 」

ハムかつ丼(大盛) ¥500+50

この店の“ハムかつ丼”は、B級グルメというよりBB級グルメ(※B級グルメまであと一歩のもの)で、マニアックな愛好家に愛されている一品です。店内は、まさに“食堂”という名に相応しい雰囲気で、元気の良いおばちゃんが一人で切り盛りしています。

味は、“ソースカツ丼”を普通のカツ丼と認識している地域だけあって(※後述)、コクのある甘辛のソース味で、“ハムカツ”も思ったより分厚く、食感といい味付けといい結構高得点です。CPも、これで¥500なら全然OKですヨ。これで、前橋駅から歩いて来た甲斐があったというものです。(※この暑いのに路線バス使え!)でも、間違っても「デート食」や「ファミリー食」には向いていませんので、ご注意下さい。あくまでも「リーマンランチ」ですからネ。

※惜しまれながら閉店

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再び駅まで歩こうと(※やっぱ歩くのネ)、炎天下の道をトボトボと行くと、“あるもの”に眼が留まりました。

「萩原朔太郎生家跡」・・・気がつけば、歩いている通りも「朔太郎通り」。そうか!萩原朔太郎は前橋人だったのか!!少し得した気分で嬉しくなっちゃいました。

小生がまだ多感だった思春期の頃(※気が遠くなる程昔のことですが)、この萩原朔太郎と高村光太郎が好きで、詩集を購入し暗唱したものです。・・・その青い頃の“記念碑”に思いがけず遭遇した・・・そんな素敵な感覚です。

では折角ですので、ここで「萩原朔太郎」について簡単に解説です。

萩原 朔太郎(はぎわら さくたろう)は、大正・昭和期の詩人、作家。

群馬県東群馬郡北曲輪町(現:前橋市千代田町)に、開業医の父・密蔵と母・ケイの長子として生まれる。旧制県立前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)の在学中に『野守』という回覧雑誌を編集して短歌を発表した。

北原白秋に師事し、1917年2月刊行の処女詩集『月に吠える』で全国に名を知られるようになった。続いて1923年1月に『青猫』を刊行。これは『月に吠える』と並ぶ朔太郎の代表作とされている。

この他、『蝶を夢む』、『萩原朔太郎詩集』、それらを集成した『定本青猫』がある。これらの作品は、口語体によって書かれ、高村光太郎と共に「口語自由詩の確立者」とされる。※Wikipedia

その他特記事項として

「世界の中心で、愛をさけぶ」の主人公の名前はこの朔太郎から名付けられたこと。

映画ゲド戦記の挿入歌、『テルーの唄』は萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得た宮崎吾朗監督が作詞したこと。※Wikipedia   が揚げられる。

https://goo.gl/maps/bTsNszGRHBbjFoGWA

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念願だったクライアントお偉い様へのご挨拶も済み(※以前2度ほど訪ねたが留守だったので)、元気の良い弊社横浜営業所のEDさんとの話も終了したので、ホテルへ退散です。

2010年9月1日(火)朝です。何故か頭が重い・・・どうやら二日酔いのようだが・・・昨夜の記憶が全くない・・・何はともあれ反省です。

で、気分転換も兼ねて、『朝の前橋散歩』です。もちろん、「パン屋さん」探しが主な狙いですが。

丸十ベーカリー

2010年9月1日(水) 今日の朝飯 は・・・

前橋・本町 「 丸十ベーカリー 」 

“惣菜パン他3種” ¥370

惣菜パンが評判の「町のパン屋さん」です。元気の良いおばちゃん二人がお店を仕切っていて、昔ながらのショーケースには、多種多様なパンが並べられています。二日酔いでぼんやりした頭で選択購入して、ホテルに戻って喰らいます。

名物“みそパン” ¥100

「みそパン」は、とてもシンプル。前橋名物の“焼きまんじゅう”と同じ味噌を使用しているそうで甘辛です。しかし、大きい・・・です。

人気の“バナナボート” ¥130

「バナナボート」は、バナナクリームに本物のメロンが挟んであり、さらに、ほぼ1本分のバナナがその中に隠されています。これは美味しい!

定番の“コロッケパン” ¥140

「コロッケパン」は・・・・う、うん?・・・ソースの味が、普段食べ慣れているものと違い、ソース独特の甘さが全く排除されていて辛いだけの味付けで、小生の口には合いません。コロッケパンでは珍しく×です。残念!

https://goo.gl/maps/BKDLYCsgf33u6fKt5
 ※閉店

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今日は、幕張が運営する優良店、「イオンモール高崎」をじっくり視察です。しかし、夏休み明け初日ということもあり、お客さんもまばら。目立った販促活動もなしで、成果はありませんでしたが、そこには好調店舗が持つ何か余裕というものが感じられ、『イオンモール高崎、要注意!』を再認識した次第です。

東京に戻る前に、前橋で再びの「B級グルメ探訪」です。で・・・

西洋亭 市

2010年9月1日(水) 今日の昼飯 は・・・

前橋・千代田町 「 西洋亭 市 」 

元祖ソースカツ丼 ¥650

「ソースカツ丼の元祖」を名乗る店は、全国に数多くあります。この「西洋亭 市」もその中のひとつ。しかし、学術的?にも歴史文献においても、現在では「ソースカツ丼の元祖」は、福井の『ヨーロッパ軒』というのが定説。

ここで、復習の意味でもう一度解説致します。

「大正年間に東京は早稲田大学向かいの鶴巻町にあった洋食店『ヨーロッパ軒』(1913年開店)の初代・高畠増太郎が、1913年に東京の料理発表会で披露し、1917年頃には東京・早稲田の店で提供していた」というものが記録されている最古の情報となり、伝聞や自称、推測などの不確定な説を除いた場合、現時点では1913年の東京・早稲田のヨーロッパ軒(高畠増太郎)がカツ丼の最初とされる。※Wikipedia

これが「ソースカツ丼」で、その数年後に、我々の言うところの「玉子とじカツ丼」が東京・早稲田の『三朝庵 ※閉店』で誕生したのである。

「西洋亭」について、このような文章もある。

群馬県前橋市のソースかつ丼の元祖とされる「西洋亭」は1915年創業だが、これはカツ丼の提供開始とは必ずしも一致しない。※Wikipedia

これらの文献より、この「西洋亭 市」は、どうやら『前橋ソースカツ丼』というカテゴリーでは元祖であるようです。

ここで、賢明な会員の方々には、すでにお気づきのはず。何故、「西洋亭」の後に『市』という名前が付いているのか?・・・それは、一旦閉店の憂き目にあった「西洋亭」を「市」という居酒屋が引き継いだからなのです。

ですから、この店は、昼は食堂、夜は居酒屋という形態で営業しています。この店も、元気の良いおばちゃん二人で切り盛りしています。・・・??前橋は、ホントおばちゃんが元気で明るくて頼もしい!(※そういえば、弊社の客先常駐者、IGちゃんも明るくて元気が良く頼もしいです。まだ若いIGちゃんですが、歳をとると、きっとそうなるのでしょう・・失礼!)

ソースの味に驚きました。朝の「丸十ベーカリー」のコロッケパンと同じで、甘みのない辛いだけの味付け。前橋では、ソースというものがこういう味なのか?・・・客先常駐者、IGちゃんに今度聞いてみよう!

いずれにしろ、『カツ丼お遍路』を続ける小生には・・・チョット?です。

https://goo.gl/maps/HTKfSmrnahwenCiq6

暑さもピークとなり、二日酔いも醒めてきたので、前橋のおばちゃん達を見習って、元気良く帰京です! (※もっと仕事しろよ!)

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