呉・広島・岡山・倉敷 Vol.5

2.アーカイブス

<3日目-1> 2010年5月14日(金)

今回の旅B 3日目、最終日の朝です。例によって朝食のため、午前7時過ぎには散歩を兼ねてお出かけです。で・・・

アンデルセン総本店

2010年5月14日(金) 今日の朝食 は・・・

広島・本通

 「 アンデルセン総本店 」

焼きたてパン4種とカフェラテ ¥1,180

皆さんご存知でしたか?「アンデルセン」が広島発祥なのを。その総本店がここなのです。では、「アンデルセン」について、詳しく説明です。

そういえば、銀行っぽい建物だ。

株式会社アンデルセンは、広島県広島市中区に本社を置く製パン会社。一般には「アンデルセン」で知られている。アンデルセングループ(タ カキベーカリー)の系列会社である。

タカキベーカリー創業者の高木俊介が1959年にデンマークのコペンハーゲンで食べたデニッシュペストリーに感銘して以来、「デンマーク」をテーマとしており、屋号はデンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンを由来としている。

日本初のセルフチョイス導入やデニッシュペストリーを初めて販売したことで知られる。

広島アンデルセン、青山アンデルセンなど全国に74店舗展開し、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアにも進出している。2008年5月にはコペンハーゲンにデンマーク1号店をオープンした。※Wikipedia

皆さんは、「アンデルセングループ」のことをご存知ですか?小生も知らなかったのですが、結構大きな会社のようです。概ねこんなんです。

㈱アンデルセン・パン生活文化研究所:アンデルセングループの総帥、持株会社。その下に子会社として

  • ㈱タカキベーカリー:一般には「タカキ」、「タカキのパン」で知られている。  
  • ㈱アンデルセン:上記  
  • ㈱マーメイドベーカリーパートナーズ:ベーカリーチェーンのフランチャイズ事業を展開。「リトルマーメイド」「カフェ デンマルク」 「マーメイドカフェ」の3ブランドを展開。

・・・

<アンデルセングループの沿革>

1948年 8 月 創業者の高木俊介夫妻と従業員2人で、広島市南区比治山本町で開業。

1951年12月 株式会社タカキのパンとして法人化。

1952年12月 本通りの現在のアンデルセンの反対側にパンホールを開店。

1962年 2 月 タカキベーカリーに改名。

1967年10月 被爆建物の三井銀行広島支店を買い取り広島アンデルセンを開店。(※ここがその店なのです!)

1972年 1 月 フランチャイズ店舗のリトルマーメイドの展開を開始。

2002年 4 月 グループ名をアンデルセングループに改名。

2003年 4 月 子会社として新しい株式会社タカキベーカリーを設立。それに伴い、持株会社・アンデルセン・パン生活文化研究所と商号変更。

・・・

左上:アンペストリー ¥180  右上:アンデルセンカレーパン ¥210
左下:ピロシキ ¥210  右下:シナモンロール¥180

どうですか?今日からあなたも“アンデルセン通(つう)”ですね。えっ?肝心のパンの味ですか?・・・グループが誇る「アンデルセン」の総本店ですよ。美味いに決まってます!でも、パン4つとは・・朝からチョット食べすぎかな?・・・

https://goo.gl/maps/rQ5G3FAcEvLWo9fH9
 ※2020年8月リニューアルオープンに向け大改装中!

山陽新幹線・700系E編成 ひかりレールスター

ホテルに戻り準備をして、長かった「広島」ともお別れです。新幹線で「岡山」に向かいます。

岡山電気軌道7900形電車 清輝橋線で。¥100   ¥140区間もあります。

岡山駅からは『岡山電気軌道(※路面電車)』で、「郵便局前」まで。そこから『天満屋』を目指します。そうです。あの駅伝・マラソンで有名な“天満屋デパート”です。えっ!買い物ですかって?何でわざわざ岡山でショッピングしなきゃならないの?最終日なので、パンツももう必要ないし・・・。もちろん、『B級グルメ』の探訪です。

でも、朝食のパンの食べ過ぎで、お腹は空いていない。パン、3つにしておけば良かった・・?

いんでいら

2010年5月14日(金) 今日のチョット早い昼食 は ・・・(※午前11時です。)

岡山・天満屋地下 「 いんでいら 」

えびめし ¥600

岡山B級グルメに急成長してきた“えびめし”です。では、少しだけ説明です。

えびめしとは、ご飯に海老などの具を入れて油炒めしソース味に仕上げた料理で、焼き飯やピラフの一種である。岡山県近辺で食されており、 特に岡山市(中心市街地)の郷土料理として有名である。なお他府県にある同名のちらし寿司の一種とは異なるものである。

ルーツは東京渋谷のカレー店「いんでいら」。そこのメニューにドライカレーの一種だった“現在のえびめし”があり、そこの店員だった岡山県出身の出井達海(現・株式会社いんでいら社長)が暖簾分けの形で故郷に持ち帰り、アレンジを加え、岡山市奉還町に開店した自身の店「いんでいら」で提供した。すると店の人気メニューとなり、それを真似て喫茶店等で提供する店が出始め、井出が「えびめしや」としてチェーン展開したことも相まって、岡山県の人気料理となった。※Wikipedia

ここ「いんでいら天満屋地下店」は、2号店として1968年(昭和43年)にオープン。1991年(平成3年)にリニューアルし、今に至っている。1号店である奉還町の店は、すでになくなっているので、この店が、「岡山いんでいら」史上一番歴史がある店舗となっている。※会社HP

少ないように見えますが かなりのボリュームです。

食した感想は、かなり濃い味の、確かにソースではあるが、そこに何やらピリリとしたスパイスが効いており、尖った味付けとなっている。食べ進むにつれ、コクもかなり感じられ、良い出来の代物と言えます。

※閉鎖した模様。岡山市内に「えびめしや万成店」「えびめしや青江店」がある。

さ・さっ、と終了し、次なるターゲットに向かいます。何でそんなに急いでいるのかって?よく聞いてくれました。これには深い事情があるのです。小生だって、少し間をおいて次の料理をじっくり味わいたいのですが・・・『定期観光バス』なんです。「B旅」お馴染みの観光バスの受付〆きり時間が迫っているのです。(※12時10分まで。ちなみに現在11時30分)ですから、急ぎます!大急ぎです!!

味司野村(あじつかさのむら)

2010年5月14日(金) 今日の2度目の昼飯 は・・・ 

岡山・平和町 「 味司野村(あじつかさのむら)」

ロースカツ丼=元祖ドミカツ丼  ¥750

岡山のもう一つの『B級グルメ』である“ドミカツ丼(デミカツ丼)”(※ホント地域限定食にはカツ丼が多いですネ。小生の「カツ丼探求」は当分やめられません。)“ドミカツ丼”の説明です。

ドミカツ丼とは、ドミグラスソースカツ丼の略で、カツ丼の一種である。岡山市の郷土料理・名物料理。デミグラスソースカツ丼とも呼ばれ、 デミカツ丼、ドミカツ丼等の略称で呼ばれることが多い。

デミカツ丼とは、丼に飯を盛ってデミグラスソース(※ソースのベースはフォン・ド・ヴォーや中華スープ、煮干しの出汁など様々)をかけ、その上に千切りキャベツを乗せ、さらにその上から揚げたての豚カツをいくつかに切り分けて乗せて、その上からデミグラスソースをかけるもの。あるいはデミグラスソースの中にくぐらせた豚カツを乗せるものである。トッピングとして、グリーンピースを数個乗せたり、うずらの生卵をのせたりする。

なお店や調理者によって若干特徴が異なる。例として、千切りキャベツの代わりに乱切りしたキャベツの茹でた物をのせる、キャベツ自体を使用せず飯の上に直接トンカツを乗せる、飯の上にはデミグラスソースをかけずトンカツのみにデミグラスソースをつける、等が挙げられる。

岡山市の料理店「味司(あじつかさ)野村」の創業者である野村佐一郎が、東京のホテルで料理修行中に考案した。その後、昭和6年の味司野村の創業時に提供を開始した。 その後、評判を呼び大衆食堂や喫茶店、洋食店、ラーメン店などでも同様の料理を提供しはじめ、いつしか岡山市中心市街地では多くの店がデミカツ丼をラインナップするようになった。

なお、デミカツ丼を古くから提供している店はデミカツ丼を単に「カツ丼」としてメニューとしており、通常の卵とじのカツ丼も並行しておいてある場合は「卵とじカツ丼」、「卵カツ丼」、「カツたま丼」などの名称を用いている。※Wikipedia

グリーンピース5個のせるのが、「野村流」とか。

今回の『旅B』最初の「田舎洋食いせ屋の特製カツ丼」に瓜2つ、いや瓜3つ です。こちらは、ビーフカツでなくトンカツで和食風という違いはありますが、味は極めて近いものです。

こちらはご主人が東京のホテルで修行中に、あちらは旧日本海軍のレシピから、生み出されたもの。それを思うと“料理の成り立ちとは一体?・・・”考えさせられてしまいます。誰ですか?小生の味覚の感度の問題では・・・とか言っている人は。

https://goo.gl/maps/RbG8H8gVtug2tCyf8

・・・

「味司野村」を出て、早足というか、むしろ小走りで駅前まで・・・セーフ!!定期観光バスの受付、間に合いました。

両備バスの『はやまわり後楽園・倉敷』¥4,000 です。今回は、先回の旅Bでの「運転手さんとマンツーマン観光」ではなく、ちゃんとその他のお客さんがいます。『お父さんが定年退職したので、心置きなく夫婦で観光します!』的な3組の方々と小生。しかも、今回は、豪華にも『若いバスガイドさん』付き!いや~嬉しいな!こころウキウキで~す。

バスはデラックスな大型。でも何故か全員が前の方にかたまってしまって、前方重心の観光バスで出発です。

いよいよ、ガイドさん登場。(※いよ~っ!待ってました!!)自己紹介を終え、最初の観光スポットである「岡山城」の説明に入った時です。少し様子が変です・・・

ガイドさん、話を途中で止めてしまい、何やらゴソゴソと資料を探している・・・すると、「エヘヘッ・・」と笑ってごまかしちゃいました。すかさず、「運転手さん」から助け舟です。「みなさん、暖かい気持ちでお願いします!この子、4月に入社した新人さんで、今回が初ガイドなんです!」お、おっ、そう言えば、まだ初々しい顔立ち。18、19歳くらいかな?(※オッサン、よだれ、よだれ。)

れからというもの、小生は彼女の教育係というか、彼女が説明に詰まったら、「いいよ、いいよ!」とか、分かりづらい説明でも、「へ~っ、そうなんだ」と大きく頷いたりで、さながら、観光バスでいく「社員旅行」の、いつも虐げられている中間管理職のオヤジがバスガイドさんにチョッカイをかけ、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らしているかのようで・・(※誰ですか?本社のキッコロさんのことを思い出している人は。・・・?)傍から見たら、可笑しげ空間となっていたに違いありません。でも、疲れる・・

・・・

① 岡山城(三層六重の天守閣は岡山のシンボル)

https://goo.gl/maps/MFXCj4BCCEtuQBWR6

右:北面に残る築城当時の石垣
右:6階の天守閣からの眺め。 月見橋・後楽園方向を望む
屋根には金色に光る桃が。 さすが、岡山!!

黒い下見板※でおおわれた外観から「烏城(うじょう)」と呼ばれている。(※下見板とは、壁の横板張りで、お互い少しずつ重なり合うように取り付けた板を指します。) 1597(慶長2)年、宇喜多秀家により築城。現在の天守閣は1966(昭和41)年に再建されたものだが、月見櫓、西の丸西手櫓は創建時の姿をとどめる。また、天守閣北面には築城当時の石垣が残る。安土城にならい、下層平面は不規則な五角形になっている。 ※Wikipedia

② 岡山後楽園(日本三名園の一つ -金沢の兼六園、水戸の偕楽園)

https://goo.gl/maps/YPXBMjTftcSDAymR8
左:沢の池に浮かぶ「中の島」  右:道の先にあるのが「延養亭」
左:中央に位置する「唯心山」  右:「唯心山」からの眺め。解説通り、対比が美しい

岡山藩主池田綱政の命により造られた大名庭園で、1700(元禄13)年に一応の完成をみた。回遊式庭園には、築山※1や芝生※2、曲水※3、園路などが見事に配置され、上品な趣を作り出している。※Wikipedia

※1 唯心山(ゆいしんざん)という。園のほぼ中央に位置する。石組みに合わせて植えられたツツジやサツキが緑の築山を彩る。

※2 芝を広く敷き詰めていることが岡山後楽園の特長の一つで、総面積の約5分の1を占める。曲水や園路との対比が美しい。

※3 全長640mの水路で、かつては隣に流れる旭川の水を引き入れていた。池や滝などをしつらえ、水を巧みに利用している。

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後楽園を後にして、次なる所に行く時のことです。新米ガイドさん、旗を持って皆を先導し、橋を渡りかけています。橋の名は『鶴見橋』。え?『蓬莱橋』じゃないの?と思った瞬間、ガイドさん「あっ!間違った!!」と方向を90度修正して、無言で歩き直しています。その仕草がとても可愛くて、『いや~、癒されるな!』とオッサン的感慨に耽っていましたら、次の観光スポットに到着です。

③ 夢二郷土美術館   岡山出身の竹久夢二の作品や資料約2500点を所蔵している。

https://goo.gl/maps/VrPtNfWz8zRhfShN9

残念ながら、興味がないので、感想もなし。ここから、再び観光バスに乗り、高速道路で「倉敷」まで30分足らずの旅に。

<3日目-1>終了

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