’12 旅B晩夏篇 美唄・小樽 Vol.2

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「芦別駅」に到着が午後2時15分。外の空気が涼しく新鮮です。ここから目指すお店まで20分以上歩かなければなりませんが、この分なら気持ちよく行けそうです。♪ルン・ルン です・・・

気持ちよく晴れ渡った青空の下、芦別国道を気分爽快に歩きます。

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きんたろう

201297日(金) 今日の昼飯③ は・・・

芦別 「きんたろう」

ガタタン(小サイズ)  ¥330

「きんたろう」は、カレーとお好み焼きで人気とのことですが、その魅力は、何と言っても「ガタタン」です。聞きなれない名前ですが、立派な『芦別のご当地グルメ』です。

ガタタン(含多湯)とは、北海道芦別市の郷土料理。

各料理店で提供されているご当地グルメの一つでもあり、多くの具を含みとろみが付けられたスープのことである。

団子、タケノコ、シイタケ、豚肉、こんにゃく、ちくわ、卵など10種類以上の具を入れ、とろみをつけた塩味の中華スープである。スープのベースは鶏ガラあるいは豚骨と固定されず、具の種類も多様であり、料理店が各自考案したガタタンによるラーメンやチャーハンなども提供されるなど、自由度の高いメニューとなっている。

中国東北部(旧満州国)地域の家庭料理「ガータタン」が由来といわれ、第二次世界大戦の敗北により芦別に移住した引揚者である中華料理店「幸楽」のオーナー村井豊後之亮さん(故人)によって創作された料理とされる。芦別炭鉱が操業されていた時代から提供されていたとされるが、2005年頃から炭鉱閉山後の地域活性化を目指す芦別市による観光振興の一環として、市内の各料理店との協力(芦別元気会(か~い!)によってガタタンの産業化が志向され、2006年には「芦別ガタタンラーメン」が芦別振興公社によって商標登録がなされた。また、北海道内(特に札幌市内)や東京のイベントにおいてもガタタンが紹介され、テレビ番組での紹介例も生まれた。※Wikipedia

上記解説にあるように、この「きんたろう」は“ガタタンの元祖店”でも“元祖筋”でもありません。しかし、大きな功績を残したお店なのです。ではその功績とは・・・?

「ガタタン」は、今では北海道を代表する『ご当地グルメ』になっていますが、一旦は潰えてしまった時期があるのです。昭和50年の元祖店「幸楽」閉店以降のことです。

それを復活させたのが、この「きんたろう」です。“復活元祖店”と呼ばれても良いほどの功労者なのです。

それだけに、ご主人の「ガタタン」にかける思い入れは強く、それは店の豊富な“ガタタン関連メニュー”に表れています。ざっとご紹介しましょう。

まず、基本形の「ガタタン」です。“ノーマルバージョン”の他に、“焼きもち入り”“白玉入り”“チーズ入り”“エビ入り”“カレーガタタン”“ミネストローネ風”があり、サイズも「小-1人前」と「大-2~3人前」の2種類です。

その他、“ガタタン発展系メニュー”として、「がたたんラーメン」「がたたんチャーハン」「がたたんうどん」「がたたん定食」「ガタカレーうどん」「がたたんスープカレー」「がたたんカレーセット」とバラエティー豊かです。

この中から、小生、ノーマルな「ガタタン」の「小」を注文です。やはり、“基本”を味わうのが、ご当地グルメ制覇の“基本”ですからネ。

それに「小」にしたのは、今日3度目の昼飯?ですし、この後も予定が目白押しですから・・・(※今日まだ喰らうつもり?もちろんです!まだ午後3時前ですからネ。ムムム…

この店の案内によると、ここの「ガタタン」は、タケノコ、フキ、イカ、シイタケ、キクラゲ、豚肉、コンニャク、チクワ、団子、ナルト、卵など11種類の具入りとのこと。

スープといえども、ボリューム的に侮れない内容となっています。小生・・・楽しみです。(※あんた、医者に行ってきなさいヨ。きっと胃に穴が開いているに違いない…)

しかし・・・ここのご主人、「ガタタン」以外には関心がないようです。当然、店内の温度調整についても、そこで待っているお客のことについてもです・・・店内が異常に暑いのです・・・折角、外の空気で引いた汗が再び噴出してきています。これで、熱いスープはキツそうです・・・

「小」にしては器が随分立派です。というか、これは普通サイズの丼ですネ。これを「小」と呼ぶには若干抵抗があります。やっぱ、ここは“でっかいどう、ほっかいどう!”、内地とはスケール感が違うみたいです。それに、ご案内通り具もたっぷり入っています。充分食べごたえがありそうです。今日3度目の昼飯ですからネ。どうでしょうか?・・・でも小生、完食できそうです!(※全部喰うんかいッ!!)

とろみで旨味が凝縮されている上、大量の具材からの出汁も出ているようで、濃厚で深みのある味わいです。でも、味付け時に調整が加えられているようで、決して濃すぎることはありません。具材も細断されていて、とても食べやすいです。丁度“死の床に伏せる重病人の流動食”のように、スイスイと喉を通っていきます。美味いです!これなら、ラーメンやうどんの汁代わりにしているというのも頷けますネ。熱いのも忘れて、一気に完食です。

でも、大変なことが小生の体に起こっています・・・あの“熊谷の日々をもう一度”ではありませんが、体中から汗が吹き出し、シャツに世界地図を描き始めています。『頼むからエアコンのスイッチ、入れてヨッ!!』そんな小生の心の叫びが、この「ガタタンおじさん」に聞こえるはずもなく・・・自分で対処するしかありません。そこで・・・『3時のおやつ、急速冷凍作戦!』と参ります。まあ、メニュー表で見つけた「かき氷」を注文するだけなんですがネ・・・

かき氷といえば・・・やはり「イチゴミルク」に限りますネ。
何か・・・懐かしいです。¥250

作戦成功!です。すっかり体がクールダウンできました。これで、外に出れば、シャツの汗染みも北海道の湿度の低い空気ですぐ乾きそうです。

https://goo.gl/maps/zkLyYo24yhMwXvMs6

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次なるミッションに移ります。今日唯一の「観光スポット」探訪です。でも・・・この廃坑の町「芦別」に見るべきものはありません。ここより北にある、同じ旧炭鉱町「上砂川」なら、あの永遠不滅の人間ドラマ『北の国から』、中でも秀作との誉れ高い「時代篇」に登場した“小沼シュウ(宮沢りえ)”の実家があるんですがネ・・・・えっ?もうこれ以上ぬかすと絞め殺すゾ!ですか?・・・何もそんなに敵意をむき出しにしなくても・・・穏やかにいきましょうヨ。では、皆様のクレームにお応えして、これ以上『北の国から』のことについては、今回は申し上げませんから・・・(※今回?屠殺(とさつ)場送りだ!!)

何となくブラブラと駅までの道を戻っていくと・・・「芦別神社」の周辺や路地に屋台が出ています。どうやら今日は、この地域の「夏祭り」が行われているようです。しかし、何か変です・・・お祭だというのに、ひとっこ一人見かけないのです。

屋台のオヤジや兄ちゃん達も手持無沙汰のご様子です。世の中にはこんな淋しいお祭があるんですネ・・・・小生、冷やかし半分に少しだけ立ち寄ってみようか、と考えていましたが、これではネ・・・回避行動を取る以外道はなさそうです。

そこで、芦別駅到着時に構内のラックから抜き取った「芦別観光マップ」を取り出します。するとどうでしょう。そのイラストマップでは、市内を縦断する空知川に、この地域には似つかわしくない立派な橋が架かっていることになっています。その名も「星の降る里大橋」。思わずその方向に目をやると、確かに“橋の主塔”が夏の青空に向かってそびえ立っているではありませんか。

しかも、マップによると、その先に「北の京・芦別」という実に観光チックな建物群があるとのこと。小生、迷うことなくそちら方向に足を向けます。そこまでの距離は案外短く、5分足らずで到着です。

https://goo.gl/maps/bjZceRCPUAe6aGdQ7

周囲を威圧する迫力です。でも・・・疑問も浮かびます。何故こんな片田舎にこんな立派な大橋が必要なのか?人だけでなく、この町では車もあまり見かけないのに・・・??

先程もこんな事件がありました。小生がこの橋に向かって歩いていると、信号機のある大きな交差点にさしかかりました。小生の進行方向の信号は赤です。当然道路を渡ってはいけないことになっています。ただ・・・車が1台も通っていません。シンとしています。

小生、いつもの東京での習慣で、信号に頼ることなく?渡ろうとします。すると、道路のはるか向こうの方から、1台の乗用車がノロノロとその交差点に近づいてきています。

小生、かまうことなく渡っていきます。すると、小生の行動を見て、そのノロノロ車が信号機の停止線でピタと停まってしまいました。そして、すぐ信号が青であることに気づいて・・・運転していた白髪のお爺さんが小生に向かって吠えかかりました。「信号、赤じゃないか!!」・・・

知ってますとも、何を今さら・・・お爺さん運転手に冷たい一瞥をくらわせ、何喰わぬ顔で歩みを続けます。後ろでワアワアと喚くジジイ声が響いています。

大体、こんな車の通らぬ場所に信号機が必要なんでしょうか?電気の無駄遣いでしかないように思えますが・・・

ですから、この大橋についても同じ考えを持つのが自然です。『こちらは、完全に税金の無駄遣い』・・・日本の政治・行政に大きな反省を促したいと思います。

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橋をゆっくりと渡っていきます。空知川を渡ってくる風が気持ちイイです。

橋の中央までくると・・・観光マップにある通り、川の向こうの狭い区画に、大観音像や五重塔、お寺を模した建物などが立ち並んでいます。「北の京・芦別」です。

でも小生、ここで歩みを止めます。脳から『あの場所に行ってはなりませぬ。』と命令されたからです。

これは観光施設ではなさそうです。どこからどう見ても・・・オカルトチックな新興宗教団体の総本山ぽいです。一旦中に入ってしまえば、一生ここから出て来れない・・・そんな恐怖感を抱かせる雰囲気が漂っています。昔から『君子危うきに近寄らず』と言います。橋の中央からUターンです。

※行いや行動の正しい人は、危ないことに近づかないものである。

でも、後日調べてみたところ、この施設はそんな怪しいものではないようです。立派なレジャーランドのこと。でも、観光客がいなくうら淋しいということは、別の印象を持たせるものだと、つくづく感じる次第です、ハイ。

ライフステージホテル天都(=北の京・芦別)は、北海道芦別市にある、宿泊施設を備えたレジャーランド施設。

1970年7月芦別レジャーランドとして建設された施設で、1988年「北の京・芦別」に改称される。翌1989年には世界平和や北海道の発展の願いを込めた北海大観音が建立された。

2008年4月8日に母体だった「株式会社 北の京芦別」が特別清算を受け、2008年11月まで「有限会社 ランド」が営業。その後「株式会社アイカム」が継続して営業を行い、2011年10月29日「経営元の株式会社アイカムが撤退するため10月31日をもって休業となり、従業員はすべて退職」という報道がなされた。その後、公式Webサイトにおいて「12月12日12時から営業再開」と告知され、休業期間は41日間で終了。2012年7月25日のプレス空知の記事によると、2012年8月1日からは奈良県の教育研修事業などを行う会社に変わり、『ライフステージホテル天都』へと改名し、営業している。営業時間は年中無休となっており、団体・学生・宿泊客を積極的に受け入れている。

日本各地の名所を模して造られた旅館や神社、そして巨大な観音像があることで知られる。

※Wikipedia

https://goo.gl/maps/FR1FmkpT2iyXD8Ce7

※現在は、「天徳育成会北海道分院」が占有する宗教施設となっている。

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「芦別観光」も40分で終え、駅まで戻ってきました。しかし、人に会わない町ですネ。40分間でお逢いできたのは・・・あの癇癪ジジイだけです。明日の芦別が心配になってきます。

が・・・駅の待合室に入って驚きです。実に多くの芦別人が、そこで電車を待っているではありませんか。前にも述べましたが、こういう片田舎で人に会いたいのなら駅に行け、ということです。だからと言って、小生、別に芦別人に逢いたかったわけではないですヨ。ただ町中と駅のギャップが笑えるほど大きく、皆さんの今後の参考にして頂きたかっただけのことですから。(※何をどう参考にしたらイイわけ?…)

「芦別駅」から根室本線を戻ります。15分で「赤平駅」に到着です。時刻は午後4時半、夕飯(※???)には最適の時間です。で・・・

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寿司の松川

201297日(金) 今日の夕飯 は・・・

赤平 「寿司の松川」

赤平がんがん鍋:がんがん鍋定食 1

¥980

どうやら、この『ご当地グルメ』も、あの“じゃらん”が関与しているようで、店内にそれを印した大きなPR看板が、“お寿し屋さんの雰囲気”をぶち壊して立っています。

店内に大きく掲出されている。

ここ「赤平」も、他の旧炭鉱町と同様に、『ご当地グルメ』で疲弊からの脱却を強く企図しているようで・・・それだけに、“その必死さからくる焦り”も感じられてしまって、もう少し冷静な施策を考えて頂きたいものです。

炭鉱の町・赤平の家庭で長く食されてきた、豚ホルモン、野菜、豆腐を煮込んだ「みそ煮込みホルモン」。それを「がんがん鍋」に改名し、ご当地グルメとして復活させる試みが平成17年からスタート!豚ホルモンとレバーの旨み、玉ねぎの甘さが染み込んだスープは、飲み干す人が大半。ご飯とも良く合う。豆腐は町内の豆腐店のものを使用。※全国旅そうだんHP

では、皆さんも疑問に思っている、“何故がんがん鍋と言うのか?”ということについて軽く触れてみたいと思います。

ストーブをガンガン焚いて、ガンガン煮込んで、ガンガン食べて、ガンガン語り、ガンガン働く。そんな昔懐かしいスタミナ料理を「赤平がんがん鍋」と名付けた。※「赤平の食を考える会」

こんな陳腐な命名の謂れからも、もっと冷静なスマートな取組みを望みたいもの・・・なんですが・・・この何もない町では・・・無理のようです。残念・・・

「がんがん鍋」は、やや甘めの味噌が味わい深く、豆腐、玉ねぎ、豚のホルモン、レバーの具材のバランスも抜群ですネ。特に小生、ホルモン・レバー系統がめっぽう好みときています。不味かろうはずがありません。今日5度目の“めし?”ですが、ご飯が進みますネ!

ただ、難癖をつけるとすれば・・・少しホルモン・レバーの臭みが残ってしまっています。まあ、それも北海道人が持つ“大陸的大雑把さ”で仕方ないのかもしれません。望んでも詮ないことのようです・・・

あと、ひじきの煮つけやサラダ等の副菜も、お寿司屋さんならではの料理の腕が感じられ美味いです。おおむねGOODな『ご当地グルメ』だと言えます。

この店で、小生、隣町の『ご当地グルメ』について調査です。「歌志内(うたしない)のなんこ鍋」についてです。事前調査では、多少抵抗があるもののようだからです。

「なんこ鍋」は、馬の肉や腸を味噌で煮込んだ鍋料理。もつ煮の一種。秋田県が発祥で、北海道空知地方の郷土料理でもある。「なんこ」とは馬肉を指すが、現在は空知地方を中心に「馬の腸」の意味で使うこともある。※Wikipedia

ここ「赤平」では“豚のホルモン”なのに対して、隣町「歌志内」では“馬のホルモン”を使うようです。どちらも味噌で煮込んで臭みを消すのですが・・・どうも馬の内臓では食欲が失せてしまいます。

お店のご主人によると、「なんこ鍋」はかなり臭みがあるもので、地元人以外の方は、ちょっと難しいのではないか?とのこと。

この「豚のがんがん鍋」でも、臭みが少し気になったのに、それ以上の“凄まじさ”が予想されます。小生、ここでアッサリ断念です。(※断念?まだ喰らうつもりだったのネ。がんがん鍋の中に放り込んでやろうかッ!この豚野郎め!!)

https://goo.gl/maps/ewByhqggXKtP7gLU6

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ジャストフィットな電車がなかったので、「赤平駅」から路線バスで「滝川駅」に戻ります。

そこから、いよいよ函館本線を3度(みたび)目のエル特急で、今日の宿泊地「美唄(びばい)」に向かいます。

「美唄駅」到着が午後6時45分。まっすぐホテル(美唄Hスエヒロ¥6,050)を目指します。ただその前に、ホテルの隣のスーパー「コアビバイ」で明日の朝飯の調達です。もう夕方なので、“それ”が残っているか若干心配ですが・・・

しかし、スーパーの前に立って、小生、愕然です。守衛のおじさんが入口を順番に閉めているところです。「あの~、もう閉店ですか?・・・」「ええ、7時までですから。」このスーパーだけでなく、周りの商店も閉店作業を進めています。これが、この町の普段の風景のようです。

見る間に、真っ暗な町になってしまいました。美唄人も辺りから消えてしまっています。どうやら“美唄の深夜”は午後7時からのことのようです。

これを見るにつけ、「美唄」の疲弊は相当なところに来ているのかもしれません。炭鉱閉鎖から経済的な立ち直りの兆しがなく・・・というより、更に地盤沈下が進んでいるのかもしれません。このままでは、近い将来、美唄は“地下の町”になってしまいそうな・・・そんな危惧さえ抱かせる町の実状です・・・

部屋の電話機が昭和チックなダイヤル式に驚かされた「美唄Hスエヒロ」で1時間程休憩をして、今日最後の探検“今日の飲み”に出かけます。(※もうバカバカしくて何も言えませんヨ…)

“美唄の一斉閉店時間、午後7時”から1時間程しか経過していませんが、闇は更に深くなっています。もう足元を見て歩くしか、危なくて前に進めないほどです。

町のメインストリート?の駅前通り。右の建物が例の「コアビバイ」です。
美唄で一番の繁華街の「栄町通り」。それにしては暗いです・・

数分で、美唄で一番の繁華街に到着ですが、足元の暗さは依然続いています。こんな暗い繁華街は初めての経験です。“地下の町、美唄”もあながちウソではないのかもしれませんネ。で・・・

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味心三船

201297日(金) 今日の飲み は・・・

美唄 「味心 三船」

元祖美唄焼き鳥で、今夜は1杯だけヨッ!! 

¥1,630

よほど「美唄焼き鳥」で儲けたとあって、個室が充実した料亭もどきの立派な店構えです。小生、カウンター席に通されました。ただ、カウンター席といっても、高級割烹店でよく見かける、少人数用のバーカウンター式の立派な設えです。

ただ、メニュー表を見ると・・・普通の「居酒屋」と内容・値段とも変わりはないです。そして驚くことに、メインのはずの「美唄やきとり」の扱いが他のメニューと同列扱いで、ぞんざいな感じがします。店の一番の売りがこんなんでイイのかな?と思いますが、席から覗き見える厨房の“やきとりの焼き装置”は、最新鋭のもののようです。ご主人と思われるオヤジが相当数の焼き鳥を手際よく焼いています。

小生も、まずこの「美唄焼き鳥-もつ2本@¥85、精肉2本@¥85」から注文です。 

左:精肉 右:もつ=美唄焼き鳥

美唄焼き鳥(びばいやきとり)は、北海道美唄市発祥の焼き鳥料理。「美唄やきとり」とも表記される。

鶏肉と、鶏レバーや内卵、砂肝、心臓などの内臓および、タマネギを、一つの串に刺して、焼き鳥として、炭火で焼いた美唄市の郷土料理。塩・胡椒で味付けするのが一般的である。鶏の内臓を捨てずに大切に食べる明治時代の知恵が、美唄焼き鳥に生かされているとの文章もある。

美唄市の三船福太郎が、昭和30年代に、飲食店「三船」で始めたという情報がある。当時、炭鉱労働者が多数暮らし人口8万人以上の都市であった美唄で、栄養食としてはやり出し、定着した。なお、創始者の苗字を冠した「元祖美唄焼鳥(味心) 三船」では、その前の昭和のはじめより、三船福太郎が美唄焼き鳥を始めていたとしている。

美唄市だけでなく、札幌市やその他の地域にも、「美唄焼き鳥」の店が存在する。※Wikipedia

小生の注文した2種の焼き鳥のうち、「もつ」の方が正式に「美唄焼き鳥」と呼ばれるもので、この短い串の中に7種類のモツが刺してあるそうな・・・ホントかな?・・・

これが美唄焼き鳥だ!

味の方も・・・期待をやや裏切る出来です。「もつ」「精肉」とも、焼きはカリカリと上出来なのですが、塩味が強すぎて旨味を感じるどころではありません。これも、炭鉱の肉体労働者用に出されていたことが原因のように思われます。

やっぱり・・・「焼き鳥」は東京が最高です。こんな辺鄙な場所で期待する方がどだい無理なこと・・・急にお腹が膨れてしまった気がして、これにて終了です。

店の奥で、「ええ!焼き鳥だけ?・・・」という担当のおネエさんの声が聞こえましたが、一切無視して帰還です。

https://goo.gl/maps/PQLgDinwHnaYgK9g7

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夜も午後9時近くになっています。外はひんやりと完全に秋の様相です。秋が確実に北海道に忍び寄っています。残暑に苦しむ本土の皆さん、ご安心下さい。秋はもうそこまでやって来ています。それまでは、皆さんは大汗かいて眠って下さい。小生は、涼しい夜に熟睡できそうです。おやすみなさい・・・

<今日の歩数> 17,927

<’12 B旅B晩夏篇 美唄・小樽 Vol.2>終了

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