’12旅B冬篇 大分 特別拡大号 Vol.6

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<3日目-2> 2012年1月21日(土)

では、漢字使いのややこしい温泉街「ふゆいん」を徘徊です。でも、今回も「九重町」に続き、歩き始めた途端に道草です。で・・・

YUFUIN BURGER

2012年1月21日(土) 今日のおやつ は・・・

湯布院 「 YUFUIN BURGER 」

ゆふいんバーガー  ¥680

またまたのハンバーガーです。でも、どうして“町おこし関係者たち”は、こんな安直な「ご当地グルメ」に手を出してしまうのか?・・・ 不思議です。もう少し考えようがあるような気がしますが・・・

それに、ここ「ゆふいん」は、そんな「ご当地グルメ」がなくても、“マインドコントロールされた”若い女性がワンサカ押し寄せ、集客に関しては何の問題もないというのに。どうやら、「由布院」全体で始めた“町の総意”のモノではなく、一部の金儲けが好きな店主が勝手に考えたようです。ですから、その定義も実に曖昧で、「ゆふいん」で売られている“ただのハンバーガー”といった方が正しいのかもしれません。

この店の“ゆふいんバーガー”は、『国産小麦を使用した もちもちバンズと、ビーフ100%の手ごねハンバーグ使用。中にクリームチーズが挟まれていて、ミートソースとの絡みがとても美味しい』とのことですが、味わいは、別に取り立てて申し上げるような代物ではなく、ふつ~~のハンバーガーです。残念!

https://goo.gl/maps/GV4MzQUra6QXwULG9

・・・

この後、「由布見通り」から「湯の坪街道」に折れ、「金鱗湖」を目指します。沿道には、解説にあるように、しゃれた雑貨屋やレストランが 並び、美術館も点在しています。

由布見通り 後方は由布岳
観光客で賑わう湯の坪街道

ですが小生・・・そんなコトではモチベーションアップに繋がりません。只々ブラブラ歩きするだけです。 もちろん、けたたましいマナー知らずの中〇人や横柄な韓〇人を避けながらのことですが。

金鱗湖 
日本人はいません・・・?

そこで小生、良いことを考えました。それは・・・女性会員の皆さまと不倫願望のおじさん達のため、『由布院三大高級旅館』を訪ね歩くと いうことです。

えっ?温泉に入るのか、って?・・・あのネ、先ほどもお話ししたので、もうお分かりのこととは思いますが、そんな馬鹿なマネは致しませ ん。ただ、外観を撮影するだけです

それに、湯に浸かるためには、法外な?世間離れした料金がかかるのですヨ。“貧乏旅B人”の小生には不可能なことです。(※ここでチョット 説明です。“貧乏旅B人”とは、お金を持っていないことを意味しているのではありません。お金をかけないで旅Bをする人の意味です。お間違いのないように。) (何を言ってるか?よくわからないナ…)

由布院三大高級旅館「玉の湯」
由布院三大高級旅館「亀の井別荘」
※もう一つの「山荘無量塔」は遠くて断念・・・

ブラブラ歩きも終わりに近づいた頃、懐かしい場所にやって来ました。確か数年前、「店舗クリニック」と称して偽装した「(一部の社員対象 の)社員旅行」で“ゆふいん”にやって来た時、集合場所に指定された場所です。

先回の集合場所です。懐かしい・・・

道が交差することによって形成された“三角コーナー”のスペース・・・懐かしさがこみ上げます。が、待てヨ。ということは、この近くに・・・ あっ!ありました、ありました。「山下清原画展」を常設している「湯布院夢美術館」です。

「山下清原画展」を常設している「湯布院夢美術館」
ありし日の山下先生のお姿です。

あの頃は、山下画伯には一片の興味もありませんでしたが、あれから随分と月日が流れた今日、小生の“範”ともなる大きな存在となってい ます。『山下先生!お久しぶりです。小生も、先生に負けないよう頑張って放浪致しますヨ!』

・・・でも、美術館に入るには、金もかかるのでアホらしく思え、外から“最敬礼!”で終了です。

・・・

「湯布院」を午後4時過ぎに発った列車は、久大(きゅうだい)本線を東に向かいます。

JR九州キハ125形気動車

今晩の宿泊地「大分」で日豊本線に乗り換え、さらに南へ10分ほど参ります。「鶴崎」到着が午後5時半。辺りは暗くなり始めています。 で・・・

キッチンいこい

2011年1月21日(土) 今日の夕飯 は・・・

大分・鶴崎 「 キッチンいこい 」

大分とり天:とり天(ライス付)  ¥630

『B級グルメファン』なら誰もが知っている“大分のとり天”。しかし、この“とり天”、大分市と別府市それぞれの地域で発展し、お互いが 『元祖』を名乗り合っている因縁の関係であることは、地元人以外あまり知られてないのかもしれません。

そこで、この「とり天」について、徹底的に解説です。ちょっと長いヨ、我慢してネ。

とり天(とりてん)は、鶏肉に天ぷら衣をつけて揚げた大分県の郷土料理である。「鳥天」、「鶏天」と漢字のみで表記されることもあるが、 「とり天」と仮名混じりで表記されることが多い。

大分県民にとっては極めて一般的な料理であり、県下各地のレストランや定食店、喫茶店、中華料理店、弁当屋で定番料理の一つとして供される。とり天を看板料理とする店は大分、別府、竹田、湯布院を中心に極めて多い。また、スーパーや精肉店などでも惣菜として売られている他、近年はコンビニエンスストアの弁当としても売られるようになってきた。家庭でもよく作られており、大分県民の家庭の味ともなっている。

このため、大分県民には「とり天」が全国どこにでもある料理だと思い込んでいる人も少なくないが、大分県以外で供されることは少ない。

しかし、最近では、TVや新聞等のメディアで紹介されたり、福岡や東京などの各地のデパートやスーパーでの催事に出店する企業があることなどから、知名度も高くなっている。

なお、中津市を中心に県北部では、唐揚げの人気が根強い。中津市の場合、1970年代後半までは独自のとり天が人気の店「玉の屋」(県南の醤油ベースの物ではなく塩ベースタイプのとり天)もあったが、経営拡大に失敗して倒産したことなどから、とり天が衰退した一方、唐揚げ専門店が増加して唐揚げが広まった。

鶏肉は、もも肉、胸肉などの適当な部位を使い、骨を取り、1~2口大に切り分ける。ささみのみを用いる場合もある。ももなど脂肪が多い部位を使った場合は比較的、濃厚な風味、胸、ささみなど脂肪が少ない部位ではあっさりした風味に仕上げることができる。揚げる前に下味を付ける料理法と付けない料理法の両方が存在するが、何らかの下味を付ける場合が多い。

次に、鶏肉に小麦粉を鶏卵と水で溶いた天ぷら衣をつけて、油で揚げる。衣は、片栗粉を入れた唐揚げに近いサクサクした食感のものから、厚みがあって柔らかなものまで様々である。

できあがったとり天は、ポン酢、酢醤油、天つゆなどにつけて食べる。ポン酢にはカボスが使われることが多い。また、一般には辛子が添えられる。多くの場合、千切りキャベツなどの生野菜が付け合わせとして盛りつけられる。※Wikipedia

・・・

起源には諸説あるが、別府市とする説が最も有力で、他に大分市とする説がある。

別府市に1926年(大正15年)にオープンした高級レストラン「レストラン東洋軒」には、昭和初期のメニューが残っているが、その中に「炸鶏丸」という料理があって「鶏ノカマボコノ天麩羅」と説明されている。

別府市内の洋食店「三ツ葉グリル」(現・グリルみつば)が1953年(昭和28年)に開業した当時のメニューにもとり天が載っており、この店が元祖として紹介されることも多い。しかし、「三ツ葉グリル」の創業者は「レストラン東洋軒」出身であり、現店主も「レストラン東洋軒」が起源であると認めている。

一方、大分市のウェブサイトでは、1962年(昭和37年)に大分市内の食堂で誕生したと紹介しており、大分市では定食店「キッチン丸山」や「いこい」が元祖として紹介されることが多い。

年代のみを見れば別府市の方が歴史が古いことは明らかであるが、「キッチン丸山」の店主は、1960年頃に「いこい」の店主と共同で考案した独自のもので、以前からある鳥の天ぷらとは異なるものであるとしている。

なお、大分市観光課が発行したパンフレットでとり天が大分市内の食堂で生まれたと紹介されたことに対し、別府市観光まちづくり室は2007年8月16日に大分市観光課長に対して異議を申し入れている。※Wikipedia

如何ですか?“とり天発祥”における骨肉の争い・・・実に見苦しいです。所詮、貧困地域「大分県」が考え出した、安価に手に入る鶏肉の 料理です。それを何処で最初に「天ぷら」にしたのか?という程度のことです。元祖は案外“貧乏家族”が工夫して始めた家庭料理ではなか ったのではないでしょうか。

「天ぷら」と言ったら、普通“海老”と相場が決まっています。それを“鶏肉”を使うとは・・・とり肉天国、大分県に“ばんざーいっ!”です。 (※近くに大分出身の人はいないの?きっと殴られますヨ・・・)

と、散々馬鹿にしておりますが、この“とり天”、実に美味いモノです。これは、先にもお話ししたように、九州の甘いしょう油使用によるところが大きいのではないでしょうか。とり肉の下味も、つけダレの酢醤油も、実に味わい深いです。

決め手の秘伝のタレ「酢醤油」です。

あとは、揚げ方の上手い下手が要素として残りますが、ここ「いこい」は老舗だけあって、そこも高レベルでクリアです。うまーい!ビールが進みます!!ここで、もう一度、大分県に賛美を送りたいと思います。「大分のフンドーキン醤油、ばんざいーっ!!」です。

※2014年1月閉店

※元従業員たちが“のれん分け”の形で、近くに復活させた。

とり天いこい

https://goo.gl/maps/1rtdPwqLeusAvaX78

・・・

宿営地の「大分駅」に戻ってきたのが、午後6時30分。辺りはすっかり黒に染まっています。

今夜のホテル「大分リーガルホテル¥4,200」にチェックイン前に、駅構内で、少し早目の夜食?と参ります。 (※まだ喰うの?…)

豊後茶屋

2012年1月21日(土) 今日の少しだけ早い?夜食 は・・・

大分駅構内 「 豊後茶屋 」

だんご汁  ¥600  

やせうま  ¥380

大分駅の構内にある「豊後茶屋」
この店で2つの“大分郷土料理”を制覇です。

まずは、大分県が誇る郷土料理“だんご汁”の説明からです。

だんご汁(だんごじる)とは大分県の郷土料理。小麦粉で作った平たい麺(だんご)を味噌(または醤油)仕立ての汁に入れたものである。

汁にはごぼう、にんじん、しめじ、豚肉などが入り豚汁に似ている。麺ではなく、小麦粉を練ってそれを手で引き延ばしただんご状のものを 用いる地域もある。

平成17年(2005年)度に農林水産省が実施した食文化の継承についてアンケート調査によれば、今住んでいる地域の知っている郷土料理として、だんご汁を挙げた人が最も多かった。

これは、だんご汁を郷土料理とする地域が広いことも一因と考えられるものの、だんご汁の知名度の高さを示すものと言える。※Wikipedia

麺(だんご)は、もちもちとした食感で、うどんと思わなければ、それなりに食べられるモノです。

でも、美味さの秘訣は、白味噌?仕立ての汁です。具材の豚肉やゴボウのダシが効いており、九州の郷土料理らしく、やや甘の美味しい仕上がりになっています。 麺料理という邪念を払拭すれば、充分満足できる逸品ですヨ。

・・・

続いて、デザート?の“やせうま”について説明です。

やせうま(痩馬、八瀬馬)とは大分県の小麦粉で作る郷土料理、銘菓。または、その原型と考えられる、涅槃会に供える上新粉または小麦粉の団子。

小麦粉で作った平たい麺をゆでたものにきな粉と砂糖をまぶした食べ物。形状は麺に分類されるが包丁は用いず、水で練った小麦粉(薄力粉であることが多い)の塊から指で引きちぎるように作る。

やせうまは一般におやつとして、そのまま、もしくは、冷やして食べる。大分県の一部地域では、お盆にやせうまを供える習慣があったり、学校給食でしばしば出されるほど地域に根付いた料理である。

現在でも家庭で麺を作ることは多く、手で伸ばすが、スーパーや土産物屋などで売られている麺は製麺機で製造し、切り分けた「ほうとう」状であるものが多い。素朴な庶民の食べ物として現在もよく食べられていて、別府市などで、店頭で食べさせる店も多い。

手で握った形が馬に似るところから痩馬(やせうま、やしょうま)と呼ばれたものとされる。※Wikipedia

これはイケます。“食後”のデザートにピッタリです。 (※まだ言ってるヨ。この大喰らいが!)

黒蜜をたっぷりかけて・・・

きな粉と黒蜜・・・それに味わいの少ない?主張しない小麦粉の麺です。美味いに決まっています。しかも、平たい形状なので、きな粉や黒蜜がよ~く馴染みます。甘いモノは別腹とはよく言ったもんで (※それは、うら若き女性のこと。オッサンは除外されてますヨ。)、小生、あっ!という間に完食です。

※閉店

※別府駅構内の店舗は営業中

https://goo.gl/maps/6unUWED58dvuHkZt7

こうして、満腹大分ナイトは過ぎていくのでした。それにしても、明かりの少ない、暗い町ですネ。溝に落ちないように足元を凝視 しながら帰ります。

多少都会的雰囲気もある駅前の中央通。
ただ、ここだけですからネ。 他の場所は真っ暗です・・・

<今日の歩数>18,264

<’12旅B冬篇特別拡大号 Vol.6>終了

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