考えてみますと、小生、7月から10月まで毎月『旅Bシリーズ』を敢行していることになります。 会員の皆様におかれましては、さぞや呆れ返られていることでしょう。それは重々承知致しているつもりです。が、今月もまたまたやってしまいました。
足が疼くというのか、『放浪が我が人生と見つけたり』と悟りの境地を開いたというのか、はたまた弊社SK社長が常々おっしゃっているように、裸の大将「山下清」が小生に乗り移ってしまったのか(※えっ!容姿も似てきている?失礼な。あのイメージは俳優の芦屋雁之助の役柄ですヨ。)、自分でも自身の心が理解できないまま、気がつくと、駅のホームに立っているような状態なのです。(※あっ!それって“痴呆性徘徊”と言うのですヨ。 う、うん・・・?当たらずといえども遠からず・・かな)まあ、今月も我慢して、お付き合い下さい。
てな訳で、「チョイ旅B」第2弾です。今回は、秋深まる信州へ出かけます。
でも、今が盛りの紅葉見物ではありません。『信州・天竜川どんぶり街道』なる飯田線沿線を旅Bします。
始める前に、この『信州・天竜川どんぶり街道』についての説明から。

「信州・天竜川どんぶり街道の会」
諏訪、上伊那、下伊那地域の9市町村に点在する様々などんぶり。より広い地域で力を合わせて観光の活性化や地域おこしに取り組んでいこうと、「信州・天竜川どんぶり街道の会」が誕生した。※長野県上伊那地方事務所HP
信州諏訪みそ天丼会(信州みそ天丼-諏訪市)
信州うなぎのまち岡谷の会(うな丼-岡谷市)
信州辰野名物ほたる丼の会(ほたる丼-辰野町)
伊那ソースかつ丼会(伊那ソースかつ丼-伊那市)
宮田名物丼プロジェクトチーム(紫輝彩丼-宮田村)
駒ヶ根ソースかつ丼会(駒ヶ根ソースかつ丼-駒ヶ根市)
信州・飯島さくら(馬)を咲かす会(さくら丼-飯島町)
松川ごぼとん丼会(ごぼとん丼-松川町)
飯田どんぶり会(II-CUPヌーベル飯田丼-飯田市)
しかし、2日間の旅Bでこれらを全て制覇するのは、いくら小生の胃袋でも不可能なこと。この中のいくつかを訪ねるだけのものとなります。今回はですが・・・?(※また行くつもり?)
・・・
<1日目-1> 2010年11月13日(土)
午前4時半起床。6時前に自宅を出て、地下鉄を乗り継ぎ「新宿」へ。そこから、朝一番の特急で信州に向かいます!では、音楽スタートです!!
♪ 8時ちょーどの、あずさ2号で、わたしは、わたしは、あなたから、旅だち~ます~ ♪
そうです。あの本社キッコロさんの熱唱パフォーマンスが思い出される、『あずさ2号』です。
しかし、小生の乗った列車は少々違って、“7時ちょうどの『スーパーあずさ1号』”です。 ここで、『特急あずさ号』について説明です。
「あずさ」に乗るたび、キッコロさんのことに触れるのが煩わしくなってきましたので、この説明をもって、以降は『あずさ号=キッコロさん』という図式は終了とさせて頂きます。キッコロさん、悪しからずです。

「あずさ」の名の由来は、松本市の近くを流れる「梓川」(千曲川の支流)にちなんでいる。「あずさ」と「スーパーあずさ」の違いは、運用される車両が異なること、また後者では停車駅を少なくし速達性を高めた運行形態となっている。※Wikipedia
「あずさ2号」は、1977年(昭和52年)3月25日に発表された楽曲。兄弟デュオ・狩人の記念すべきデビュー曲である。
この曲の発表当時、日本国有鉄道(国鉄)在来線の列車の号数は上り・下り列車それぞれに1号から付番されており、この歌で歌われているのは下り列車の「あずさ2号」である。
下りの「あずさ1号」は季節運行のうえ、朝6時40分発の列車であり、新宿近辺や中央本線沿線の在住者以外には利用しづらい列車だったため、新宿駅から松本・大町市・白馬方面に運行される毎日運行の特急の一番列車は「あずさ2号」だった。
しかし、1978年(昭和53年)10月2日のダイヤ改正に際し、号数の付番は下り列車が奇数、上り列車は偶数に変更されたため、この歌詞に相当する列車は「あずさ3号」になった。なお、現在「あずさ2号」は甲府7時24分発の「通勤特急」と呼ばれる便である。
また、8時00分に新宿を発車する下りの中央本線特急は「スーパーあずさ5号」である。 ※Wikipedia
・・・

-JR東海313系
「上諏訪」到着が9:14。ここで「飯田線」に乗り換え、「駒ヶ根」まで下ります。
10:47「駒ヶ根駅」に到着。ここから、今回の最初のターゲットに徒歩で向かいます。
NAVITIMEの地図では、15分ほどのようです。しかし皆さん、地図はあくまでも二次元表示です。そこに高低は表現されていません。
だらだらと結構急な坂道を登っていきます。考えてみれば、ここは伊那谷。中央アルプスと南アルプスの狭間にある土地。東西どちらに行こうが、こうなることは当然の成り行き。計画時における小生の状況把握の甘さが露呈してしまったようです。(※よくそれで、イベントの仕事をしているものです・・・小生も同感です。)20分以上かけて、ふーふーの態で到着です。で・・・
きらく
2010年11月13日(土)今日の昼飯 は・・・
駒ヶ根 「 きらく 」
元祖:駒ヶ根ソースかつ丼(上) ¥1,150

以前ご紹介したかつ丼の起源である「ソースかつ丼」の元祖は、福井市の『ヨーロッパ軒』ですが、地域に片寄りはあるものの、全国的に点 在しています。
この駒ヶ根市を始め、伊那市、前橋市(※以前紹介)、桐生市、会津若松市(※以前紹介)など、地元のご当地グルメとして普及しています。
駒ヶ根市や伊那市、会津若松市では丼飯の上に千切りのキャベツを敷いた上でカツが盛り付けられるが、福井や桐生(群馬県)のスタイルでは敷かない、など地域による違いもあります。
駒ヶ根市はソースカツ丼の「元祖」を主張しており、駒ヶ根市は町おこしの一環として「発祥の地」と宣伝しているためテレビや雑誌に駒ヶ 根名物として取り上げられることもある。隣接する伊那市も「当方が元祖」と名乗って、一時両市の間で市長すらも加わり論戦が繰り広げら れることとなった。注1※Wikipedia
注1:但し、現在では、駒ヶ根市・伊那市とも“その元祖”については『ヨーロッパ軒』を黙認した様子で、どちらのHP・資料を見ても、その表記は見当たらない。
では、「駒ヶ根ソースかつ丼」について、詳しく説明です。
かつ丼といえば、「卵でとじたかつ丼」=「煮カツ丼」が一般的ですが、駒ヶ根市では、ご飯の上にキャベツを敷き、その上に揚げたてのかつを特製ソースにくぐらせ載せた「ソースがかかったかつ丼」を指します。
だから、駒ヶ根の人は都会に出て、初めて卵とじの煮かつ丼を食べ、その新しいスタイルと味に小さなカルチャーショックを受ける人も少なからずいるとか・・・。※駒ヶ根ソースかつ丼会HP

昭和のはじめに『喜楽食堂(現 きらく)』の初代ご主人が駒ヶ根で「ソースがかかったかつ丼」を提供し始めたことから市内に広がり、以来市民に愛される駒ヶ根の名物料理となりました。
かつての中央志向の波の中、駒ヶ根市にも主流派かつ丼(卵とじかつ丼)が進出してきた時期もありました。
しかし平成4年、自分達の“かつ丼アイデンティティー”を取り戻そうと有志が集い、それまで当たり前のように「かつ丼」と呼んでいた「ソースがかかったかつ丼」を「ソースかつ丼」と命名、平成5年に「駒ヶ根ソースかつ丼会」を結成し、ソースかつ丼の規定を作り活動しております。
・・・
<お客様のための駒ヶ根ソースかつ丼規定>
其の一 器は丼に限定する。
其の二 ソースかつ丼の肉は豚肉のロースを基本とし、120グラム以上とする。
其の三 かつはパン粉を付けて揚げたものでなければならない。
其の四 キャベツは細かく切って水に浸してから水分を切って丼の飯の上に載せる。
其の五 かつを揚げる油については自由だが、揚げかすは必ず取り、汚れた油では揚げ ない
其の六 ソースはソースかつ丼会で作ったものを最低基準とし、これに工夫することが 望ましい。
其の七 かつを揚げてソースを潜らせる時、ソースも温めておき、揚げたてのかつをその ままソースに潜らせて切って飯に載せても、切ってからソースに潜らせて 飯の上にのせても自由とする。
其の八 海苔等はソースかつ丼に載せない。また、キャベツ以外の野菜は載せない。
其の九 蓋(ふた)は自由とする。
※駒ヶ根ソースかつ丼会HP

う~ん、美味い!少し甘めのウスターソースに秘伝の何かが隠されているようで、後を引く味わい。
カツもカラッと揚げてあり、肉もとても柔らか。『カツ丼喰うなら、やっぱソースかつ丼だわ』と思わせる美味しさです。
しかし、人気店だけあって、店内は段々と混みあってきました。相席を要求されそうです。(※4人掛けテーブルに一人図々しく座っていましたからネ)余韻に浸る間もなく退散です。
・・・
現在時刻は11:40。近くのバス停から、今日唯一の観光ポイント「千畳敷カール」に向かいます。
バスは最初空いていたんですが、途中の『菅の台バスセンター』で大勢の集団が乗り込んできました。
『あっ!こんな所にも中国団体観光客か?・・・』思わず暗い気持ちになってしまいました。相変わらず大きな声でしゃべっている。
が・・・よく聞いてみると・・・『名古屋弁?・・・』・・・どうやら名古屋地方からの観光客のようです。
ここから先の道路は、一般車両の通行が禁止されているため、車や観光バスを降りて、ドカドカとこのバスに乗り込んできた様子です。それにしても大きな声です・・・ここで、小生、ある短歌を思い出しました。
『ふるさとの訛り(なまり)懐かし停車場の人ごみの中に そを聴きに行く』 石川啄木
バスはかなりの急坂を登っていきます。道幅の狭い道路で、窓際から下を覗き込むと足がすくむほど迫力満点の景色です。
バスはかなりの急坂を登っていきます。道幅の狭い道路で、窓際から下を覗き込むと足がすくむほど迫力満点の景色です。
先ほどの団体客(特に女性たち)がキャーキャーと悲鳴です。ム、ムッ・・・中国人観光客みたいだ・・・
常々思っていることですが、名古屋は、大阪を中心とする西の文化圏に属していると考えます。その性質的傾向は、中国と酷似している・・・名古屋や大阪のおばちゃんと中国のおばちゃんと何処が違うのか?・・・小生から見ると完全に同じです。
ただ、文句を言った時に、“通じるか通じないか”だけです・・・
と、ワーワーとバスは、終点「しのび平駅」にやって参りました。
ここで「駒ケ岳ロープウェイ」に乗り、「千畳敷駅」に。

駒ヶ岳ロープウェイ(こまがたけロープウェイ)は、長野県にある索道である。中央アルプス観光が経営する。中央アルプス宝剣岳の近くの千畳敷カールへ向かい、木曽駒ヶ岳へのアクセスを担う。日本で最も標高の高い場所にある索道である。

年間を通じてロープウェイは運行されており、ロープウェイ終点駅の直上にあるホテル千畳敷は、日本一標高の高いホテル(通年営業)。中央アルプス観光は名古屋鉄道を中心とする名鉄グループの一員である。※Wikipedia


雪が積もっているヨ!・・・「千畳敷」の気温は摂氏1℃。かなりの寒さです。
しかし、小生、あまり寒さを感じません。・・・何故?・・・
それは、小生が天然の“肉布団”で防寒しているためのようです・・・?でもその代わり、夏は堪りませんヨ ってんだ!
千畳敷カール(せんじょうじきカール)とは、長野県駒ヶ根市と宮田村にまたがる中央アルプス(木曽山脈)宝剣岳の直下に広がる氷河地形(圏谷・カール)のこと。
千畳敷カールの麓には、通年営業の駒ヶ岳ロープウェイの千畳敷駅があり、登山客の玄関口となっているほか、多くの一般観光客で賑わう。※Wikipedia



ここを20分あまりで終了です。決して寒いからではありません。積雪でどこにも出て行けないからです。小生、何もしないでいることに大変苦痛を感じる質です。ですから、さっさとロープウェイで降り、路線バスで来た道を戻ります。
・・・
「駒ヶ根駅」到着が15:00少し前。しかし、次の列車は1時間ほどありません。 駅前で、ぼ~っと待つ羽目に。ホント苦痛です。
こんな酷い仕打ちに遭うのも、駅前近辺に喫茶店が1店もないからです。

でも、やっぱ坂道になっています。
薄々感じてはいたのですが、飯田線沿線の町々は、皆かなり疲弊しています。いずれ中央アルプスと南アルプスの崩落で、なくなってしまいそうな気配です。心配です・・・
<チョイ旅B Vol.1>終了



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